担当編集者が綴る、稲盛和夫と「JALの奇跡」(大田嘉仁・著)

2018年10月に発売され、ビジネス誌などでも話題になった『JALの奇跡』。京セラ名誉会長・稲盛和夫さんの秘書を長年務め、「稲盛和夫から最も信頼される男」といわれる大田嘉仁さんが、稲盛さんとともに、経営破綻に陥ったJALをいかに再建に導いていったかの一部始終を描いた渾身のノンフィクションです。“絶対不可能”といわれたJAL再建は、いかにして成し得たのか。本書の刊行に寄せる思いを、担当編集者が綴ります。

京セラから連れて行った、たった二人の社員

その日、僕は羽田空港へと急いでいた。保安検査場に着いたのは、朝7時30分。フライトは7時40分。出発まであと10分しかない。

すると僕の慌てた様子に気付いたJALの若いCAの方が、「何分発ですか? えっ?! それはもう間に合わないかもしれません……。でもすぐ連絡を取ってみます!」とスタッフに電話をし、なにやら事情を説明してくださっている。

そして、まだなんとか間に合いそうなことが分かると、「私がゲートまでご案内します」と僕のすこし前に出て、駆け足で先導してくださったのである。

朝早くから空港内を懸命に走りながら案内してくださるCAの方に、心から申し訳ないと思うと同時に、そのひたむきな姿に心を打たれた。さらにその方は移動中にも連絡を取って、「まだお並びの方が10名ほどおられるようですので大丈夫です」と僕を安心させるとともに、余計な気を遣わせないよう心を砕いてくださった。

そして無事ゲートを通過するまでを見届け、「お急ぎ立てしてしまい、申し訳ございませんでした。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」と深々とお辞儀をされている姿に、「さすがJAL……」との思いを新たにしたことだった。

  * *

戦後最大の負債を抱えて2010年に倒産したJAL。しかしそれから10年も経たずして、JALは学生たちにとって憧れの航空会社として返り咲き、若い世代には倒産したことすら知らない人が増えてきているという。

当時、経営危機に陥ったJALは、その再建計画を巡って連日喧しく報道がなされ、誰も引き受け手がないまま、為すすべもなく日々だけが経過していっていた。そんな中、最初は「何を言われても受ける気はない」と、会長就任依頼を固辞されていた稲盛和夫さん(当時78歳)が、いよいよ倒産間近となった段階で、遂に受諾の決心をされた。

ただ、その勇気ある決断に対するマスコミの論調は、「航空業界について何も知らない人間に何ができる?」「高齢で経営者としてのピークをとっくに過ぎている」「二次破綻必至」「再建は絶対不可能」といったものばかり。好意的な人でも「晩節を汚すことになるのではないか」と心配し、反対の声が多数だったと記憶している。

さすがの稲盛さんでも今回だけは難しいのではないか……と、正直僕自身も思っていたし、あの時、一体どれだけの人が再建を心から信じることができていただろう。

さらにその時、驚いたことは、稲盛さんがJALに連れて行った京セラの社員が、たった二人だけだったことである。これから大改革をするに当たり、当然、腹心の部下をこぞって引き連れ、京セラフィロソフィや経営の仕組みを、JAL社員に伝えていかれるものだとばかり思っていた。

ところが選ばれたのは、たったの二人。そのうちの一人が、稲盛さんの秘書を長年務めてこられた大田嘉仁さんである。

世界の産業史にも残る奇跡を目撃した

このほど、その大田さんによる初めての著書が致知出版社より発売となった。タイトルは『JALの奇跡』。同社再建の軌跡は、稲盛さんの関連記事などから断片的に窺い知るのみだったが、この本には僕の知りたかったJAL再建の一部始終が克明に記されている。

・当時のJALの様子、社員の反応

・具体的に何を行ったのか、何から始めたのか

・稲盛さんが社員に訴えかけたこと

・成功の一番のポイントは何だったのか

・その法則は他の業界にも当てはまるのか

そしてそこに綴られた文章は、時に稲盛さんご自身が語られるよりも迫力を持つことさえあった。『論語』を著したのは、孔子本人ではなく、孔子の門人たちだったように、その人物の真の偉大さは、最も身近にいた人によって、よりリアルに伝えられるものなのかもしれない。

ただ、冒頭にも触れたように、そんな稲盛さんの偉業ですら、10年も経ないうちに、まるで知らない世代が出てき始めている。JALの再建劇は、日本のみならず、世界の産業史にも残るほどの稀有な出来事である。そしてその歴史の証人として、また当事者として、大田さんだからこそ語れる、また大田さんにしか語れないことが数多くある。

まずはその貴重な戦記である『JALの奇跡』を、ぜひ手に取っていただきたい。その話はJALや稲盛さんのみならず、われわれ人間一人ひとりが持つ善き思いが、いかに奇跡的な現実を形づくっていくのかの証明ともなるであろう。そして多くの人たちに、大きな勇気と希望を与えるに違いない。

致知出版社 書籍編集部 小森俊司

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『JALの奇跡』(大田嘉仁・著)
 
稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの

…………
目 次
…………

第1章 縁に導かれて
第2章 稲盛経営哲学 成功方程式とは何か
第3章 なぜJALは経営破綻したのか
第4章 意識改革
第5章 リーダーから変える
第6章 全社員の意識を高め、一体感を醸成する
第7章 フィロソフィと正しい数字で全員参加経営を実現する
第8章 JALで生まれた社員の変化
第9章 愛情と真剣さ──稲盛さんのリーダーシップ
第10章 甦った心

………………
内容
………………

・より良い生き方を教える成功方程式
・正しい「考え方」を哲学へ昇華させる
・「能力」は進化する
・成功方程式で組織も変わる
・旧JALに受け継がれていた不思議な文化
・たった5人で3万2千人を変える大仕事
・リーダーとマネージャーの違い
・幹部たちを感激させた稲盛さんの鬼気迫る講義
・数字で経営するという意識をもたせる
・幹部の一体感が一気に高まった「伝説の合宿」
・スピード感を大切にする
・フィロソフィと数字で経営する
・全員参加経営のためのフォーマット作り
・数字と現場に強いリーダーを育てる
・会議は教育の場
・機内販売も一つの事業
・コンサルタント会社の売り込みをすべて断る
・稲盛さんから全社員へ出された手紙
・パイロットの卵たちを感激させた稲盛さんの本気
・無償の愛が社員の心に火をつける
・なぜJALフィロソフィを学ぶと心を変えられるのか
・再建が早く進んだ理由
・盛和塾生の善意
・善意が善意を呼ぶ
・JAL再建の価値
          ……ほか

『JALの奇跡』(大田嘉仁・著)

【特集「追悼 稲盛和夫」を発刊しました】

去る8月24日、稲盛和夫・京セラ名誉会長が逝去されました。35年前、1987年の初登場以来、折に触れて様々な方との対談やインタビューにご登場いただくのみならず、たくさんの書籍の刊行、数々のご講演を賜るなど、ご恩は数知れません。
生前のご厚誼を深謝し、月刊『致知』12月号では「追悼 稲盛和夫」と題して特集を組みました。豪華ラインナップは以下特設ページよりご覧ください。

 

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