「元気が一番」 苦しい時に勇気が出る言葉 黒柳徹子×福島智

日本を代表する女優の黒柳徹子さんが「尊敬してやまない」と讃える福島智さん。福島さんは3歳で右目を、9歳で左目を失明、14歳で右耳を、18歳でついに左耳の聴力まで奪われてしまいました。しかし、絶望の淵から希望を見出し、盲ろう者として初めて大学進学を果たします。そのお二人が語り合う、人生の支えになる教えや言葉とは――。

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元気が一番

(福島) 

でも私としては、黒柳さんのように芸能界で何十年と活躍を続けておられるのは、本当に大変なことだと思うんです。

(黒柳) 

それが、私自身は自分の子供に絵本を上手に読んであげられるお母さんになろう、と思ってNHKに習いに行っただけのことで、60年もテレビに出ていようなんて思ってもみなかった(笑)。

芸能界というところは、才能だの顔だのが、とかく問題になりますが、最終的に残るものはやはり個性だと思うんです。

この個性というものが、私は最初のうちは「邪魔だ」と言われて、毎日帰らされたり、番組を降ろされたりしていたんです。ところがそのうちに世の中で個性化が叫ばれるようになって、いままで「引っ込めろ」と言われていたものを急に出せと言われ始めた。

(福島)

 正反対の注文ですね。

(黒柳)

でも仕事を始めて15年目に、これから先もこの仕事を続けていけるものかどうか考えてみようと思って、1年間仕事を休み、ニューヨークへ行ったんです。そこで学んだのは、女は生きていくのが大変だ、ということ。あの街はお婆さんが凄く多いのですが、「リブ(生きていく)も大変。リーブ(去っていく)も大変」なんて歌も習いました。

そんなある時「ニュースショーを始めるから司会をしてほしい」と日本から連絡があったんです。

(福島) 

それでもう一度日本へ。

(黒柳) 

でも私にはあんまり、こうしたい、ああしたいという野望はないんです。いまここにあるものを、どうすれば切りひらいていけるかという考えで生きてきたので。ただ、努力はしますよ。俳優の渥美清さんは私の芝居をよく見に来てくださったのですが、感想は「お嬢さん、元気ですね。元気が一番」といつもそうでした。また長年指導していただいた劇作家の飯沢匡先生も、台本をどう演じればよいかを伺うと「元気におやりなさい。元気に」とおっしゃった。

(福島) 

お二人とも元気が大事だと。

(黒柳) 

その頃は元気だけでいいのかなと思ったんですが、いまとなれば、どんなに才能があっても、結局、元気でなきゃダメなんだということが分かるんです。

「元気が一番」という渥美さんの言葉も随分私の力になっていますが、もう一つ仕事をしていく上で大事にしているのが、マリア・カラスの言葉です。20世紀最高のオペラ歌手と謳われた彼女が「オペラ歌手にとって一番必要なものはなんですか」と聞かれた時に、こう答えたというんです。「修練と勇気、あとはゴミ」と。

(福島) 

あぁ、修練と勇気。それ以外には何も要らないと。

(黒柳) 

彼女は生前、40ものオペラに出たんですが、楽譜を見ると分かるように、それぞれに物凄く細かい音がある。しかし彼女はその全部に対して「絶対にこれでなければダメだという音を、私は出してきた」と言い切っている。要はそれくらいの修練をし、身につけてきたということでしょう。

私は毎年1回、舞台をやるんですが、その時にはやはりね、「修練と勇気、あとはゴミ」と思いますよ。そのためには1か月半の稽古をし、2000行におよぶセリフを覚えなければならない。だから皆と飲みに行くことも、ご飯を食べに行くこともなく、稽古場から家に帰って、あとはずっとセリフを覚えたり勉強をしたりで、全神経をそこに集中させていく。

(福島) 

その挑戦をすること自体が大変な勇気ですね。

(黒柳) 

もう一つ、これはイギリス人の方が教えてくれたのですが、「ある人が飛躍して才能を発揮する時には、皆が寝ている時にその人は寝ていなかった」という言葉があるんです。つまり努力をしたということでしょう。でも並の努力ではそこまでいきません。

苦難こそが肥やしになる

(福島) 

私の場合は日々生きていること自体に勇気が必要です。見えなくて、聞こえない世界にいるので、未知の惑星にいるようなものでいつ何が起こるか分からない。

ただそうした道を歩んでくる中で、自分が盲ろうになった時、到達した一つの思いがあるんです。

18歳の1月から3か月間で、全く聞こえなくなっていくわけですが、その過程で、自分は目が見えないのに、その上どうして、さらに耳までが聞こえなくなるんだろうかと考えました。運命の理不尽さについて、あるいは僕が何か罪を犯したんだろうか、何か悪いことをしたんだろうか、なぜ自分はこんな状況になっているんだろうかなどといろいろ考えたんです。

(黒柳) 

考えざるを得ないでしょう。福島 そして最終的に私が思い至ったのはこんな考えでした。

なぜこんな状態になったかは分からないけれども、自分は自分の力で生きているわけではない。人間の理解の及ばない、大いなる何ものかが私たちを生かしているとすれば、僕がいま経験しているしんどさ、この苦悩というのも、その存在が与えたものであろうから、この苦しい状況にも何かしらの意味があるんじゃないか

そしてこの苦悩をくぐることによって人生が輝くのではないかと、思おうとしたんです。しんどい状況を経験することが自分の人生の肥やしになるんじゃないかと。要するに肥溜めみたいなものですね。肥溜めのままだったら役に立たないけれども、それを畑に撒くことによって肥やしとなり、実りをもたらすかもしれない。

(黒柳) 

苦難こそが肥やしになると。

(福島) 

そして同じ頃次のような手紙を友達に書き送っているんです。

「今俺は静かに思う。この苦渋の日々が俺の人生の中で何か意義がある時間であり、俺の未来を光らせるための土台として、神があえて与えたもうたものであることを信じよう。信仰なき今の俺にとってできることは、ただそれだけだ。俺にもし使命というものが、生きるうえでの使命というものがあるとすれば、それは果たさねばならない。そしてそれをなすことが必要ならば、この苦しみのときをくぐらねばならぬだろう。(中略) 

俺はそう思ったとき、突然、今まで脳の奥深く、遠いところで、この両耳の6種類の耳鳴りの空間の向こうで回っていた、半透明の歯車が回るのを止めたように感じた」

半透明の歯車とは、芥川龍之介の『歯車』という小説に出てくる言葉です。読むだけで気が滅入り、死にたくなるような暗い小説で、主人公は当時の芥川を投影したような甚だ暗い男性。その彼の目の前で半透明の歯車が回る。

実際に芥川は35歳で自殺するわけですが、私はその小説を耳が聞こえなくなっていく状況下で読んでいた。そういう時って案外、暗いものを読みたくなるものなんです。

(黒柳) 

そういうものなのですね。

(福島) 

そうしてとことん暗いところまで落ち込んだ時に、私は逆に〝自分は死ぬまい〟と思ったんです。それと同時に、自分の人生の使命があるとしたら、それはこのしんどさをくぐり抜けることで初めて成し得るんじゃないかと仮定して生きていくしかない。それが自分自身に言い聞かせた、おまじないだったということです。

同じようなことを様々な人たちが違う表現で述べていて、悲しみや苦悩は辛いものではあるけれど、それがある面で人生の豊かさに繋がっていく可能性があるものだと示唆している。ある人はこれを「輝く存在は、燃える苦しみに耐えねばならない」と述べています。輝くためにはその熱さに耐えなければならないのだと。

(本記事は『致知』2013年10月号 特集「一言よく人を生かす」から一部抜粋・編集したものです。『致知』には人間力・仕事力を高める記事が満載! 詳しくはこちら)

◇黒柳徹子(くろやなぎ・てつこ)

東京都生まれ。東京音楽大学声楽科卒業。NHK放送劇団に入団、NHK専属のテレビ女優第一号として活躍。その後、文学座研究所、ニューヨークのメリー・ターサイ演劇学校などで学ぶ。日本で初めてのトーク番組『徹子の部屋』は今年で38年目を迎える。昭和56年に著作『窓ぎわのトットちゃん』の印税で社会福祉法人トット基金を設立。その付帯事業である日本ろう者劇団の活動に力を注ぐ。59年より国連児童基金(ユニセフ)親善大使を務める。

◇福島智(ふくしま・さとし)

昭和37年兵庫県生まれ。3歳で右目を、9歳で左目を失明。18歳で失聴し、全盲ろうとなる。58年東京都立大学(現・首都大学東京)に合格し、盲ろう者として初の大学進学。金沢大学助教授などを経て、平成20年より東京大学教授。盲ろう者として常勤の大学教員になったのは世界初。社会福祉法人全国盲ろう者協会理事、世界盲ろう者連盟アジア地域代表などを務める。

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