2018年04月03日
60歳からインターネットを始め、81歳でプログラミングを学び、2017年、82歳の時にiPhoneアプリ『hinadan』を開発した若宮正子さん。同年6月にはアメリカで行われた『世界開発者会議(WWDC2017)』にAppleのCEO ・ティム・クック氏から招待を受けて参加しました。
その半年後には政府の「人生100年時代構想会議」の有識者議員の任務も受け、安倍晋三首相をはじめ各界のリーダーとともに毎月議論を重ね、今年2月には国連総会にて高齢者におけるIT技術の必要性を英語でプレゼンされました。
英語も必要に迫られ独学で学ばれたという若宮さんの、バイタリティ-ある人生観を伺います。
パソコンがあると家にいてもコミュニケーションがとれる
若宮さんがパソコンに出合ったのは1995年、パソコンの黎明期です。その頃は値段も40万円と非常に高価で、常に空調管理をしなければならないほど壊れやすかったと言います。
定年まで勤め上げた銀行を退職する頃、ちょうど母親の介護も必要になり、自宅にいなければいけない時間が増えてしまった。そんな時に「パソコンがあると、外に出なくてもコミュニケーションがとれる」と知って興味を持たれたそう。
「私にとって、パソコンというたった一つの買い物が人生を大きく変えました。当初は知識や技術など全くなかったものの、気がつけば自然と習得していました。勉強でもそうですが、必要に迫られれば身につき、強制でやらされるものはいくら努力したところで体得できないのでしょう」
若宮さんは常識にとらわれることなく、ご自身の好奇心の赴くままに独学でパソコンスキルを身につけられました。
通常、計算ソフトとして使われるExcelを使って、アート作品をつくり上げてしまったことも若宮さんの好奇心の表れでしょう。
ExcelアートはExcelを生み出したマイクロソフトからも絶賛され、公式コミュニティーにつくり方が紹介されています。現在、幅広い年代、そして全世界に広がりを見せ、愛される遊びにまでなりました。
60歳から人生が楽しくなった
若宮さんはパソコンやアプリ開発のスキル習得に際して、一から学ぶことはせず、ゴールを定めてそれに必要なものだけを身につけていきました。
アプリの開発も、3月3日までに『hinadan』という雛祭りに関連したシニア向けゲームをつくると目標を定めて、それに向かって必要なスキルのみを最短距離でつくりあげたのです。
そんな若宮さんはご自分の人生を振り返ってこう語られます。
「今年83歳を迎えますが、好奇心に従って生きてきたら、60歳から人生が楽しくなり、80歳からはもっと楽しくなりました。私の姿を通じて、やりたいことをためらわず、一歩を踏み出して生きる楽しさを一人でも多くの人に伝えたい」
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一方で、ITの急激な普及に対しては厳しいひと言も。
「ITの登場により、肉体労働が減って知的労働の比重が増すなど、現代社会の生活スタイルは激変してきました。最近ではAI(人工知能)がプロ棋士に勝利してしまうほど技術は進歩していますが、人間とAIが同じ土俵で戦わなければならなくなった時、私たちに求められるのは人間力だと思っています。
人間力とは、知識や教養があるのはもちろん、総合的な力のことで、広い視野でバランスよく物事を俯瞰すること。例えば裁判において、AIは過去の法令を調べ、それに準じた判決はできるかもしれませんが、情状酌量や執行猶予など感情を考慮した上での判断はできません。こうした困難な決断が必要な仕事にこそ、人間が従事すべきです」
いま求められるのは人間力。人生体験を積まれた方の言葉には、強いエネルギーが込められています。
(本記事は『致知』2018年5月号 連載「致知随想」の記事を紹介したものです。全文は本誌をご覧ください)
◇若宮正子(わかみや・まさこ)
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1935年東京生まれ。高校卒業後、三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に勤務。定年をきっかけに、パソコンを独自に習得する。99年にシニア世代のサイト『メロウ倶楽部』の創設に参画。2016年秋からiPhoneアプリの開発を始め、17年6月には米国Appleによる世界開発者会議『WWDC 2017』に特別招待される。『人生100年時代構想会議』の最年長有識者メンバー。