【追悼】時には自分を捨てることも必要なのです——張本勲が語ったプロの条件


「安打製造機」の異名を取り、プロ野球歴代1位の通算3085安打、首位打者7回などの記録で、日本プロ野球史に名を残した張本勲さん。現役引退後は野球評論家として活躍され、2026年9月9日に86歳でお亡くなりました。今回は、弊誌にて「プロの条件──ジャイアンツの浮上は江川の肩にかかっている」と題して語られた内容を抜粋して紹介します。
(本記事は月刊『致知』1984年7月号より一部抜粋・編集したものです)

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歴史に名を残す投手の条件

<張本>
江川は5月初めミニキャンプを行ないましたが、彼も男なら立ち直らないはずがありません。

家も建てた、2番目の子どもも生まれた、野球を長くやって、お金も稼ぎたい……それらがすべて自分の右肩にかかっていることは十分、承知のはずです。そのためにミニキャンプまで張って立ち直ろうとしているのです。

不調になったとき、そこから抜け出す方法は練習しかありません。練習をしないで、いくら考えても、考えるだけではスランプは抜けられません。

過去、我々の大先輩が何十回、何百回となくスランプを経験してきましたが、結局、スランプを抜ける方法はわからない。ただいえることは、練習しないと始まらないのです。

練習をするには、まずそれに耐えるだけの体力を蓄えていなくてはいけません。

そのためにあらゆる欲望を抑える。野球以外に体力、気力を絶対に消耗しないで、練習に練習を重ねる。同時に、なぜ不調かという研究心と向上心をプラスしてやっていかない限り、スランプは抜け出せません。それを江川はミニキャンプでやっているはずです。

そしてもうひとつ、江川の弱点は、精神面にあるとよくいわれます。結局、江川は野球人として賢すぎるのです。

賢いのはいいことなのですが、男なら、時には自分を捨てることも必要なのです。

〝捨てる〟というのは〝ええい、オレがやってやる、この身体はどうなってもいい〟という気持ちです。いい意味で開き直ることも必要なのです。

つまり、自分が連投して疲れている、体調も完璧ではないという状態でも、ここ一番というときは、自分から、私がいきましょう、という気持ちが欲しいのです。おそらく江川の場合、入団以来、そんな気持ちになったことはないでしょう。

過去の大投手といわれた人と比較してみましょう。

南海の杉浦さん、西鉄の稲尾さん、ヤクルトの土橋さん……こういった人たちが、なぜいまだに歴史的ピッチャーと呼ばれるか。彼らが長い間、現役の投手であったためではありません。逆に短命だったといってもいいでしょう。

ところが大投手としてりっぱにその名を残す。それは、ここというときに、自分の身体は潰れてもいい、私がいきましょうといって、チームの勝利に貢献したからに他なりません。

たとえ江川が彼らの倍の年数、現役選手であり続けても、このままの状態では、決して球史に名を残すような選手にはならないでしょう。

短命でもいいから球史に残るピッチャーになるか、あるいは細く長く、自分の身体をできるだけかばいながら稼ぐか、どちらをとるかは江川自身の問題です。

しかし、私は前者を選んで欲しい。

若いときならそれでもいいのです。私も若いときは自分さえよければいいという気持ちでした。

また、そう思わないと力もつきません。しかし、ある程度の年齢になって、チームの中心選手になれば、それは許されない。

江川にしてみれば、こんなに一生懸命やっているのに、とやかくいわれる筋合いはないというかもしれません。しかし、我々専門家の目から見れば、江川の力はこんなものではありません。たとえ3年で力尽きてもいいといった気持ちでやれば25勝から30勝はできるピッチャーです。

だからこそ〝よしやってやる〟という気持ちが欲しいのです。そうでなければ今回のような不調はまたくるでしょう。


(本記事は月刊『致知』1984年7月号より一部抜粋・編集したものです)

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