2026年05月20日
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各界一流の職人たちと交流を持つ料理評論家の山本益博氏。巷間のスポーツジャーナリストとは異なる視点でイチローの魅力に迫った記事の中から、イチローの野球に臨む姿勢について語った一節をご紹介します。
(本記事は月刊『致知』2005年6月号 特集「活力を創る」から一部抜粋・編集したものです)
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ガッツポーズはかっこよくない
〈山本〉
普通の人間は微妙な心理的動揺が顔や所作に現れるものだ。それがメジャーリーグという世界最高レベルの野球選手が集う場所ならなおさらである。
しかしイチローは、いついかなる時も無表情。ヒットを打っても、ホームランを打っても淡々としている。それは昨年、故ジョージ・シスラーの257に並ぶヒットを打った時も、258本のメジャーリーグの新記録を樹立した時も例外ではなかった。
あれだけヒットを量産しているから、塁に出ることが当たり前になっているのか。無論そんなことは決してない。
「あのヒット1本打つのに、どれだけの時間を費やしているか。あのヒットの1本がどれだけ嬉しいか……。もちろん、そのそぶりは、見せないですよ。でも、ヒット一本って、飛び上がるくらい嬉しいんですよ、実は」
かつてイチローがインタビュー中に語った言葉である。本当は誰よりもヒットを喜んでいるのだ。
試合中彼をよく見ていると、ヒットで出塁した時、必ずヘルメットの右の耳当ての小さな穴に右手の人差し指をヒョイと突っ込む仕草をする。盗塁に成功した時も同様の仕草を見せるが、フォアボールで出塁した時は省かれることがある。
もしかするとイチローはこの仕草によって、喜びで顔が弛むのを押し殺し、感情をコントロールしているのではないだろうか。
「審判の判定に対してクレームをつけたりとか、ホームランを打ったあとにガッツポーズをしたりというのは、あまり良いものだとは思いません。それで試合が決まっていればいいと思うんですけど、そうでない場面というのは、スキがあるような気がします。(中略)選手としてカッコいいと思うのは、表情から気持ちが読み取れない選手です。僕もそうしたいし、そうでありたいと思っています」
この言葉からも分かるように、イチローは一つのプレーに一喜一憂し、感情を顕にすることは相手にスキを与え、カッコよくないと思っている。だからホームランを打てば大喜び、三振すればバットを地面に叩きつけるような選手のことは、「別に道具が悪いわけじゃないんだから……」と言って一番軽蔑するのである。
かつてイチローは子どもたちに「野球がうまくなるにはどうしたらよいか」と質問された時、「道具を大切にするように」と答えていた。言葉の通り、彼は本当に道具を大切にする。その様子はプレーの端々から感じ取れる。
まず、ヒットで出塁する時、決してバットをポーンと放り投げたりしない。先が地面につくまでグリップを離さない。さらに圧巻なのはフォアボールでの出塁のシーン。普通の選手ならベンチ近くに控えるバットボーイへポーンと投げるのに、イチローは必ず足元にそっと置いて一塁へ走り出す。ベンチで打順を待っている時は、バットケースには置かず、常に自分のそばに立てかけている。
その姿は、まるで子どもが大切にしている宝物を肌身離さずに抱きしめているかのようである。
(本記事は月刊『致知』2005年6月号 特集「活力を創る」から一部抜粋・編集したものです)
◇山本益博(やまもと・ますひろ)
昭和23年東京都生まれ。47年早稲田大学卒業。卒論として書いた「桂文楽の世界」が『さよなら名人芸 桂文楽の世界』として出版される。57年に『東京・味のグランプリ200』を出版して以来、日本で初めての「料理評論家」として活躍中。著書に『イチロー 勝利への10ヵ条』(静山社文庫)など多数。









