2026年05月15日
作家の佐藤愛子さんが2026年4月29日、102歳で亡くなられました。『戦いすんで日が暮れて』で直木賞を受賞したのを機に、作家としての確乎たる地位を確立。その後も旺盛な執筆活動は衰えを知らず、90歳を超えてなお長編小説『晩鐘』を上梓するなど生涯現役を貫かれました。佐藤さんのご冥福をお祈りし、作家として生きることを運命づけられた波乱の半生を振り返っていただいた弊誌記事から一部ご紹介します。(本記事は月刊『致知』2016年8月号 連載 「生涯現役」より一部を抜粋・編集したものです)
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書くことだけが私の生きる道
──作家として独り立ちできるまでは、ご苦労も多かったのではないでしょうか。
〈佐藤〉
長いこと注文のない小説を書いていたり、その後は再婚相手の夫がつくった借金を肩代わりしていた頃もありましたけど、私はそんなに大したことはないと思っていました。私はいまでもそうですけど、貧乏な時は貧乏なように、お金がある時にはお金があるように暮らしていけばいいと思っているので、別に貧乏だから惨めになったとか、お金持ちだから幸せだとかいうことはないんですよ。
なぜそうかと言うと、『血脈』という小説で書いたように、私は佐藤家という不良の巣窟のような中で育っているわけで、その環境において醸成されていった人間の見方というのがあると思いますね。
それに当時はほとんどの人が貧乏でしたから、例えば男の人は黒い足袋でしたけど、よく親指のところが破れて指がにゅっと出ていると、その部分を墨で黒く塗って「黒足袋だ」って(笑)。それで別に惨めなこともなければ、おかしなことでもない。他にも貧乏のどん底のような人たちばかり見てきていて、しかも彼らは皆楽しくやっていましたから、何があっても大したことないと思っちゃう。
だから本を出しても、売れなくてもいいんですよ。ただ、つくってくれた人が売れれば嬉しいだろうなと思うから、その人のために売れればいいと思う。私たちは書くことに意味があるんですね。売れるってことは二の次三の次の問題です。いまは売れそうかそうじゃないかという話ばかりですけど、昔はよかったなと思うのは、そういう価値基準がなかった。だいたい売れないのが当たり前でしたからね。
──一番お忙しかった時期はいつ頃でしょうか。
〈佐藤〉
直木賞をもらったのが40代半ばでしたから、そこから60代いっぱいまでは、それこそお芝居一つ観たことがない。書くことと講演会に行くのと、テレビに出ることだけに明け暮れていましたけど、それを辛いとか苦しいとかって思う暇もないくらいでした。
例えば、その日は九州に講演に行くとすると、まず朝早くに起きて2時間くらい原稿を書く。そして飛行機の中でも書いて、講演後は新幹線に乗り込んでテレビ出演のために大阪まで行く。その車中や局の控室でも原稿を書いて、収録後は新幹線に飛び乗ってまた書く。だから家に着いたらバタンキュウですよ。でも翌日も同じような生活だから、文句を言ったり怒っている余裕もない(笑)。その暇があったら寝ていたいと。ベッドの中だけが極楽だった。でも、だから書くものは駄作ばっかりです。
──そうやって今日まで歩んでこられたと。
本当は90歳で『晩鐘』を書き終えた後は、もう執筆生活をやめようと思っていましたら、一時期鬱病みたいになりましてね。
それまでは朝目が覚めると、その日に書くものの構成を考えたりしながら、「いざやるぞ!」ってパッと起きて一日が始まっていました。ところがそれがなくなってしまって、目が覚めても別にすることがないからもう少し寝ていようとかズルズルしているうちに、だんだん気持ちが鬱屈して、元気がなくなってしまいました。最初は原因がよく分からないから、年のせいだろうと思っていたんですよ。
そうしたらある日、ある週刊誌の編集者が来てエッセイを連載してくれないかという話になってね。断るつもりでいたんですけど、とても熱心だったので引き受けたところ、翌朝起きるともう頭の中では何を書こうかと考えていて、いつの間にか元気になった(笑)。
──ではもう書き続けるしかありませんね(笑)。
〈佐藤〉
私はね、書くことだけが生きることだったわけですから、だからそれをやめた途端鬱病になっちゃったんですよ。よく定年退職した男性が鬱病になりますでしょう。あの気持ちはよく分かります。芯がなくなるんですよね。だから死ぬまで何か仕事をしていないとダメだということを実感したので、いまは力尽きるまで仕事をしたいと思っています。
◇佐藤愛子(さとう・あいこ) ◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。※動機詳細は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください
大正12年大阪府生まれ。甲南高等女学校卒業。昭和44年『戦いすんで日が暮れて』で第61回直木賞、54年『幸福の絵』で女流文学賞、平成11年『血脈』で第48回菊池寛賞を受賞。最新刊に『役に立たない人生相談』(ポプラ社)がある。









