2026年02月24日
無類の読書家として知られるお笑い芸人・又吉直樹氏さん。小説『火花』でお笑い芸人として初の芥川賞受賞という快挙を成し遂げ、小説やエッセイの執筆など精力的な活動を続けています。そんな又吉さんが作家として私淑する、太宰治について語っていただきました。対談のお相手は、長年日本語教育に携わっている明治大学教授の齋藤孝氏です。
(本記事は『致知』2021年3月号対談「体験的読書のすすめ」より一部を抜粋・編集したものです)
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負け続けた時間をも武器にできる
<齋藤>
又吉さんは太宰治を尊敬し、太宰の自伝的エッセイ『東京八景』のオマージュとして『東京百景』を書かれていますよね。こんな素直なリスペクトの仕方があるのかと感動しました。
<又吉>
僕の書いた『東京百景』は18歳で東京へ出てきてからの体験を綴ったエッセイです。芥川は35歳、太宰は38歳で亡くなっている。『東京百景』を書き終わったのが32歳だったので、彼らの年齢に自分を重ねていた時期でもあります。
太宰の『東京八景』の中に、「人間のプライドの窮極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだ事があります、と言い切れる自覚ではないか」という一文があります。この言葉に自分を何度も鼓舞してきました。
というのも、皆武器が欲しくてそれぞれの人生の中で闘っていくと思うんですけど、いつまで経っても武器を持てなくて負け続ける人もいる。太宰もこの本の中で10年間、あれもこれも失敗したと独白しています。何もできなかったことが窮極の立脚点。つまり、負け続けた時間をも武器にできる。こんな強い言葉はないと思います。
<齋藤>
ああ、負け続けた時間こそが武器であると。
<又吉>
やっぱり負け続けた人は強いですよね。勝ち続けている人は常に勝たなければいけないというプレッシャーも相当ありますが、負け続けている人って、負けても死なないと分かっているから、這いつくばってでも現状を打破しようとする強さがある。そこがすごく腑に落ちました。
僕が『東京百景』を書いた時は、それまでの芸人生活を振り返り、これからの未来を考え、覚悟を決めようとしていた時期だったので、どんな状況でも生きていくぞという強さをエッセイに込めました。
その中にも書きましたが、僕は死にたくなるほど苦しい夜は、次に楽しいことがある時までの前振りだと信じています。嫌なことやしんどいことがあるから創作意欲が湧いたり、仕事があるから休みが気持ちよかったり、喉が渇いているとただの水でもめちゃくちゃおいしい。そう考えると、しんどい時にしんどいまま人生を終わらせるのはもったいない。
しんどければしんどいほど、一番自分が楽しい、気持ちいいと思える瞬間があるはずですし、それを信じていたいと思うんです。
<齋藤>
太宰も漱石もそうですが、名作を残した作家たちには共通して文学のために死ぬ覚悟があったのだと、作品を読んでいて感じます。漱石はある手紙の中で、「死ぬか生きるか、命のやりとりをする様な維新の志士の如き烈しい精神で文学をやつて見たい」と文士としての気概を綴っています。
そうした志の強さが魂として作品に込められているからこそ、いまなお多くの人を魅了してやまないのでしょうね。
↓ 対談内容はこちら!
◆コロナ禍で得た「沈潜」の時間
◆読書に必要な筋力を鍛える
◆18歳で知った小説の奥深さ
◆近代文学に衝撃を受けた又吉氏の少年期
◆東西の名作に触れた齋藤氏の少年期
◆速い速度での音読はスポーツと同じ
◆作家の文体の身体性リズムとテンポ
◆芸人初の芥川賞受賞栄誉の裏にあった葛藤
◆又吉氏の人格を築いた忘れ難い名作
◆太宰治に私淑した作家生活
◆我われがいま名作に学ぶ意義
◇又吉直樹(またよし・なおき)
昭和55年大阪府生まれ。高校卒業と同時に上京し、平成11年吉本総合芸能学院(NSC)東京5期生として入学。15年お笑いコンビ「ピース」を結成。27年『火花』(文藝春秋)で第153回芥川賞受賞。著書に『劇場』(新潮社)『人間』(毎日新聞出版)『東京百景』(角川文庫)など多数。
◇齋藤 孝(さいとう・たかし)
昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『楽しみながら1分で脳を鍛える速音読』『齋藤孝のこくご教科書 小学一年生』『国語の力がグングン伸びる1分間速音読ドリル』『国語の力がもっとグングン伸びる1分間速音読ドリル2』(いずれも致知出版社)など多数。
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