2026年09月28日
~本記事は月刊『致知』2026年10月号掲載対談「運をつかむ生き方」の取材手記です~
日本中が沸く快挙を受けて
2025年10月、日本人二人がノーベル賞を同時受賞したというニュースが、日本中を駆け巡りました。
様々な難病治療の道が開かれることが期待される「制御性T細胞」を発見した坂口志文先生は、生理学・医学賞を受賞。行き詰まりを見せる資源やエネルギーなどの問題解決に繋がるという新材料「多孔性金属錯体」を開発した北川 進先生は、化学賞を受賞されました。
数え切れないほどの新聞記事やネットニュースが飛び交う中、驚かされたことの一つは、両先生が受賞に至る原点となる発想を抱いたのが、半世紀も前であること。この間、周りになかなか理解されない、あるいは研究人生が終わりそうになる試練の時を経て、自らのテーマに向き合い続けてこられたのです。
もう一つは、成功の要因を問われた両先生が、意外にも全く同じ言葉を挙げていたことでした。その言葉が「運・鈍・根(うん どん こん)」です。
以前に本誌『致知』の特集テーマとして取り上げたことがありますが、世界に輝く業績を挙げられた科学者がこの言葉を心中深くに留め、脇目も振らず地道に歩み続けた結果、大きな運を手にされたことを知り、感動を覚えました。その感動は、本誌主幹による『致知』巻頭の「特集総リード」(今年1月号)にも綴られています。
そのような経緯で、ぜひこのお二人のお話を伺いたいと、年内に取材をお申し込みしました。ところがあいにく、当時は授賞式で日本を離れておられ、同様の依頼が殺到している時期。多忙さゆえ、一度は辞退のご連絡をいただきました。
しかし、断られてからが本当の始まりです。頃合いを見計らって再度依頼し、根気強く調整を行うこと数か月……遂に4月下旬、お時間をお取りいただけることになったのでした。
本との出逢いが、長い研究人生への入り口だった
取材は4月某日、京都大学にて行われました。まさに世界から熱視線を浴びている最中の研究者二人が会するとあって、会場となった研究棟の一角に、いつにない緊張感と高揚感が漂っていたのを覚えています。
お二人がそれぞれ到着されると、挨拶もそこそこに対談は始まりました。聞けば、昨年受賞の報道が出てからというもの、様々な場で同席されてきたとのこと。まだまだ各種の対応で忙殺されており、「早く日常に戻りたい」との思いで一致されていました。
実は奇遇なことに、お二人は共に京都大学出身、しかも同学年。在学中に交流こそなかったそうですが、50年の時を経て同じ栄冠を手にされたところに、研究の世界の深み、また縁の不思議を感じました。
お二人の研究がいかに画期的なものであったか、それは本誌対談記事に詳しく記されていますが、興味深いのは現代科学の最先端を走る研究者が少年時代、同じように本を読む喜びに目覚めていたという事実です。

〈坂口〉
父は京都大学でフランス哲学を専攻し、フランス語が喋れたので、戦争中は南仏へ行かされていました。復員後に本当は大学へ通いたかったんでしょうけれども、栄養失調のために滋賀県の実家で療養して、そこから地元で高校教師を務めました。母も女学校の先生だったので教育一家なんですが、それが自分にどう影響しているかといえば、本をたくさん買ってくれたのはありがたかったですね。おかげで本は随分読みました。
読書がいいのは、別の世界を知ることができるところだと思います。〔略〕いまは読書離れと言われていますね。簡単な知識ならインターネットですぐ手に入りますが、本を読んで勉強することは、持続的にものを考え、知識をしっかり身につけるための鍛錬になります。ですから一人でも多くの方に、子供の頃からじっくりと本を読む習慣を身につけていただきたいですね。
いろんな科目をこなして模索する中で、〔略〕最初は医者になろうかと考えていました。ただ、医学部というのはどこも同じ教育をやっていて、あまり面白くはないんです(笑)。ですから臨床ではなく、次第に基礎研究を志向するようになりました。自分が面白いと思うものを追究し続けてこの歳になったわけです。
滋賀県の長浜市の外れ、緑豊かな土地で日が沈むまで遊んでいたという少年時代の坂口先生。家庭での読書習慣が、稀代の研究者への道を開いたと言っても過言ではないでしょう。では、北川先生はどうだったのでしょうか。

〈北川〉
かすかに記憶が残っているのは、小学校に入る前に病気で一年間幼稚園を休んだことです。何の病気か分からないのですが、その時に本や漫画をたくさん買ってもらったところから、坂口先生と同じように本をよく読むようになりました。印象に残っているのはエジソンなど偉人の伝記で、そこで科学の面白さに目覚めたような気がしますね。
小学校を卒業する時の文集には、天候をコントロールできる機械を発明したいと書いています(笑)。運動会や遠足で雨が降るとつまらないじゃないですか。子供の私には切実な願望でしたが、その思いがいま取り組んでいる大気の化学にも繋がっていることは、非常に感慨深いですね。
中学では、自分に刺激を与えてくれるよい友人に恵まれました。入学したばかりの時に、両隣の二人が話しかけてきましてね。一人は数学をものすごくやっていて、「もう中学一年の数学なんて終わってるよ」と。勉強は授業に従ってやるものだと思っていたので、全然違う考え方を知って随分驚きました。
もう一人は、私と同じように一年休学したことのある青白い顔の男子で、本をやたら読んでいるんですよ。彼が教えてくれたフレドリック・ブラウンという推理SF作家の短編を読み始めたらたちまちハマって、科学への関心もさらに高まったように思います。
その後、お二人は京都大学へ入学され、研究の道を深めていかれますが、読書による知的鍛錬がそれを支えたことは想像に難くありません。このような〝原点〟が明かされたところで、対談は本題へと進んでいきました。
50年の研究を花開かせた〝三つの要素〟
ノーベル賞という、誰もが見上げる頂に達されるまでには、得難い師や支援者との出逢い、また研究続行の危機があったことが、本対談では明かされています。
坂口先生は、京大の大学院から愛知県がんセンター研究所へ転籍したことが、現在の研究に関わる転機だったといいます。その頃発表された論文に、こんなものがありました。生まれたてのマウスから「胸腺」を切除すると、なぜかいろいろな病気を発症する。胸腺は免疫の中心的役割を担うTリンパ球と密接に関わっており、本来これを切除すれば免疫反応は抑えられるはずなのに、逆に反応が高まり、自分の体を攻撃する自己免疫疾患が起こる。その不思議を追い求めて、職場を転々としながら研究を深めていかれました。
一方の北川先生は、京大の大学院を卒業後、近畿大学で助手となったことが分岐点になったそうです。学生時代は、化学物質の性質や化学反応を計算で解き明かす研究をしていた北川先生。近大の研究室では、実験を重視する教授から、電子の少ない銅を含む(銅一価)新しい化合物を生み出すという非常にマイナーなテーマを与えられます。この化合物は立体的な結晶になりやすい半面、壊れやすく、目立った特性もないとされていて、大半の化学者は見向きもしない存在でした。それを試行錯誤しながら突き詰めていかれたのです。
注目したいのは、お二人はいずれも、後にノーベル賞を贈られる研究の種を、若い頃に与えられ、それを愚直に探究してこられたということです。その過程では、様々なご苦労がありました。
坂口先生はアメリカに渡って研究をしていた頃、折悪しく自分と似たテーマの研究が発表されてしまい、なかなか日の目を浴びることができない時代が続きました。また、北川先生も研究テーマが当時新しすぎたためか、学会でも全く理解されずに心ない言葉を浴びてこられました。
では、そんな不遇の時代をどうやって乗り越えてこられたのか。今回、お二人が深く心に留めている信条がいくつか明かされましたが、奇遇にも共通して挙げられた言葉が、初めにご紹介した「運・鈍・根」でした。
古来、日本人の間で、誰の言葉とも知られず語り継がれてきたこの「運・鈍・根」。今月の特集「運をつかむ」になぞらえて、一つ目の「運」についてのお二人の解釈をご紹介します。
〈北川〉
私は、「運・鈍・根」が大事だと思います。この三つを常に心に刻みながら研究に打ち込んできましたし、この言葉の大切さを教え子にも繰り返し説いてきました。
運は「プリペアード・マインド」だと捉えています。これはフランスの細菌学者パスツールの言葉で、「幸運は準備された心に宿る」と説いています。このプリペアード・マインドというのは、自分が育つ過程で取り入れてきたことや、平素から努力して身につけてきたことが、ここぞという時に優れた直感をもたらし、道が大きく開けてくることをいいます。自分の体験に照らしてみても、運とはそういうものだと思っています。
〈坂口〉
とても奇遇ですが、私も「運・鈍・根」という言葉が好きなんです。好きというよりも、これに尽きると思っています。
自分一人ですべてができるわけではないので、自分の能力を悲観的に捉えず努力を続けていくこと。そのうちに思いがけない外的要因に恵まれてできることもあると申し上げましたが、これも運だと思うんですね。自分の力だけではなく、他力に支えられて物事を成し遂げられることもある。鈍・根の精神で一途に仕事を続けていくところに、そういう運がついてくると私は思うんです。
お二人の解釈に通底しているもの。それは、この10月号で本誌主幹が巻頭の「特集総リード」に書かせていただいている通り、「与えられた環境の中で運命を呪ったり、不平不満を言ったりせず、最高最善の努力をする」ことではないでしょうか。
同学年で同窓を巣立った研究者が、期せずして同じ「運・鈍・根」を心の杖言葉として歩み、約半世紀を経て同時に栄冠を手にされたことに、感慨を禁じ得ません。
終始、誠実に訥々とお話しされた坂口先生、深い教養に軽妙なユーモアを交えてお話しされた北川先生、それぞれのお人柄の好対照ぶりも印象的でした。
研究の世界に留まらず、自分の仕事、人生をよきものへと導くための指針となる素晴らしい対談でした。ぜひ本誌でこの現場の臨場感、お二人の表情を味わいながら、読み進めていただけたら嬉しいです。
~本記事の内容~
◇同窓、同学年の2人が共にノーベル賞を受賞
◇人類の未来に寄与する2つの偉大な業績
◇読書は自己の鍛錬になる
◇研究者としての礎になったもの
◇病気の後ろにある原理を追究したい
◇人が目を向けていないものに可能性がある
◇何事にも囚われず興味のあるところに遊ぶ
◇興味を持てることをとことん追究する
◇マイナーな研究が途轍もない金鉱だった
◇幸運は準備された心に宿る
◇夢を持ち努力を重ねていくこと
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