「一生青春 一生修業」——三代目・中村鴈治郎氏が語る人生のテーマ

女形の歌舞伎役者の生きる世界を鮮烈に描いた映画『国宝』が累計興収44億円を突破する大ヒットを記録しています。本映画の歌舞伎指導を担当し、出演もされているのは四代目・中村鴈治郎さんです。『致知』2004年1月号では、三代目・中村鴈治郎さん(故)にご登場いただきました。当時の一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授・野中郁次郎氏(故)と、個人と組織の成長の秘訣を語り合っていただきました。当時の貴重な対談を一部ご紹介します。
(本記事は『致知』2004年1月号 特集「人生のテーマ」より一部を抜粋・編集したものです)

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自分を信頼していないと成長できない

<野中>
しかし50年間、お初という役をずっとやってきているというのは大変なことですね。日々新たと言いますか、日々成長ですね。

<中村>
そうなんですよ。やはり自分を信頼していないと成長というのはないですね。自分を信頼するには、それだけの自分にならないとね。自分を理想と照らし合わせて、これでいいか、大丈夫かと、常に点検して、自分を信頼できないと自分を愛せませんし。

<野中>
ああ、そうですね。

<中村>
芸だけじゃなくて、生き様みたいなものもそうです。自惚れではなくて、自分を信頼しないと、不安だったら浮ついてしまいますから、やっぱり成長はないでしょうね。
ですから自分を信頼できる人間に育てていきたいですね。そうすると、劇団なり、組織の人たちもついて来るんじゃないでしょうか。

<野中>
50年間、もう疲れたなあということはなかったですか。

<中村>
全然ないです。

<野中>
すごいですなあ。

<中村>
お初を1,200回以上やってますけど、いつも初日みたいな気がするんです。

<野中>
狎れはないですか。

<中村>
狎れられません。人間が他の人間を表すわけですから、狎れるわけないんです。お客様もその人物を初めて見るわけですから、狎れられないですよ。マンネリという言葉がありますが、私には分からないんです。私の辞書にはないんです。

<野中>
それは非常にいいですね。やはり毎回緊張感がありますか。

<中村>
いやもう初日なんか大変緊張しますよ。

<野中>
どうしたらそうなれるんでしょうか。

<中村>
自分のことはなかなか分析できないんですが、いつもこう、前を向いているんです。振り返りがないんです。反省はしますけどね、後ろは向かないんです。

<野中>
それは育った時代の勢いを身に付けたということもあるんではないでしょうか。鴈治郎さんがお初を最初におつくりになった頃、私がアメリカを超えようと思った頃の日本は、国として、どうしても前に行かねばならぬという、そういう時代のエネルギーが、あの頃はありましたよね。

<中村>
ありました、ありました。日本全体に。お初が新しいという言葉の中にも、そういうものが含まれていたのかなと思います。
 おそらく近松もシェークスピアも、そういう時代の力を反映して売り出した人々ですね。

<野中>
そうでしょうね。

一生青春

<野中>
鴈治郎さんは個人の成長ということで、自分に対する信頼、自信が必要だと言われましたが、私は企業論をやっていますから、組織の成長ということをお話ししますと、組織を成長させるのは、理想主義的プラグマティズムだと思っているんです。

先ほど絶対的価値というところでも少し出ましたが、組織というのは他との比較ではなく、自らの存在の在り方から説き起こした理想像、どうあるべきかというものがないと成長しない。と同時に、理想だけでなく現実を直視するリアリストでもなければならない。

まさに芸の世界と同じで、絶えず何が真理かという理想を追いつつ、日常の中で反省的に実践しながら、よりよい結果を一歩一歩執拗に追い求めていく。そういうことが成長の基本ではないかと思いますね。

何度も申し上げましたように、知というのは、自分の思いを実現することですが、自分の思いには偏見がかかっている。世界の見方が一面的になる可能性が常にあります。ですから開かれた多様な視点が必要なのです。

個人と違って組織の場合は、みんなが信頼し合いながら共有できる場をつくって、徹底的に本質的な対話をする。そして真理を求めて執拗に執拗に実践していく。そして世界に開かれていくということではないかと思います。

<中村>
組織というのは、みんなが同じ目的を喜び合わないと駄目ですね。こうやっていることが生き甲斐なんだと。一人でもそれは違うという人がいたらいけません。それには、リーダーがしっかりしないといけないんですが、やっぱり喜び合ってつくり上げるものでしょうね。

<野中>
そうでしょうね。その際、リーダーとおっしゃいましたが、トップは、きちっとした絶対価値のビジョンを持つ。かくあるべきではないか、ということを皆に打ち出す。で、ミドルはそのトップの理想と、現実の実践に橋を架ける役割です。先ほど言った理想主義的プラグマティズムです。現実は多様な矛盾を含んでいますから、基本的には理想を追いながら、現場主義でなくてはできない。

鴈治郎さんが動きながら個と全体のバランスを取られているように、ある特定の時間、空間、人との関係性、前後関係の中に立って、主体的に動きながらコーディネーションしていく以外にないんですね。そういうことを私は鴈治郎さんから学びました。

最初は打倒米国という怨念で始めた知識創造理論の研究ですが、われわれの理論も多少欧米で知られるようになってまいりました。いまはわれわれの日本文化に根付いた新しい経営の在り方を、対立でなく、米国に入って、もう一つ包摂しながら、弁証法的にアウフヘーベン(止揚)していきたいと思っています。これはもう日々、しつこくやり続ける以外にないなと。それが私の一生のテーマですね。

<中村>
私は「一生青春」という言葉が好きでございましてね。色紙に時々「一生青春 一生修業」と書いたりするんですが、青春の中に修業も含まれていますね。これが私の人生のテーマなんですが、野中先生も一生青春ですね(笑)。

<野中>
確かに、一生青春です(笑)。


(本記事は『致知』2004年1月号 特集「人生のテーマ」より一部を抜粋・編集したものです)

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