【取材手記】イエローハット創業者・鍵山秀三郎が後世に遺した教え

~本記事は月刊誌『致知』2025年5月号 特集「すれどもうすろがず」に掲載の鼎談「鍵山秀三郎さんに学んだもの」の取材手記です~

私の浅はかなリーダー像を覆した印象的な出逢い

弊誌『致知』に多大なご支援をいただいてきたイエローハット創業者・鍵山秀三郎先生が、本年2025年の1月2日に91歳でお亡くなりになりました。

最新号の2025年5月号特集「磨すれども磷ろがず」では、ご生前に親交の深かった志ネットワーク「青年塾」代表の上甲晃氏、東海神栄電子工業会長の田中義人氏、そしてご子息の鍵山幸一郎氏をお招きし、鍵山先生の在りし日を偲ぶ追悼鼎談を行いました。

誌面を担当した私は、鍵山先生のご生前に長らく取材記事の執筆を担当させていただきました。

最近はお目にかかる機会もなく、いま頃どうなさっているだろうと気にかかっていた折に飛び込んできた訃報……。

誠に残念であり、いただいた数々のご恩に些かなりとも報いてさしあげたいという思いで執筆に臨みました。

私が初めて鍵山秀三郎先生にお目にかかったのは、いまから30年近く前。致知出版社に入社して間もない頃に、弊社社長・藤尾秀昭に随行して、弊誌連載「巻頭の言葉」の取材に赴いたのが最初でした。

その時受けた強烈な印象は、いまでも忘れられません。

鍵山先生が創業されたイエローハットは、当時東京の北千束にありました。
駅の改札を抜けると、向こうのほうに道端にしゃがんでゴミ拾いに精を出している一人の男性がいる。奇特な方がいるものだと思っていると、すぐに察した藤尾の声かけに反応し、笑顔を湛えながら立ち上がったその人が、鍵山先生だったのです!

いみじくも鼎談中に上甲氏が同じようなご体験を披露されており、お話を伺いながら思わず顔がほころびました。

当時のイエローハットは、既に上場を果たした立派な一流企業。大組織を束ねる社長様が、下坐に徹してゴミ拾いに汗を流しておられる姿を目の当たりにし、衝撃を受けました。

それを手始めに鍵山先生は、それまで私が抱いていたリーダーのイメージを次々と覆していかれました。

大会社の経営者ともなれば、周囲を圧倒するような強烈なオーラを発しながら組織をグイグイ引っ張っていくイメージがありましたが、鍵山先生は、語り口も物腰も実に柔和で温かみがありました。

何より感激したのは、私のような若造(当時)にも細やかなご配慮をいただき、ちゃんと名前で呼んでくださったこと、取材のお礼状をお送りすると、激務にも拘らず毎度きちんとお返事をくださったことです。

とはいえ、ただ温厚なだけではなく、類い稀なる強い意志の持ち主でいらっしゃったことは、数々の厳しい試練を見事に乗り越えてこられたことや、和式便所に覆い被さるようにして素手で黙々と便器を磨く姿からも明らかでした。

人の心の荒みをなくしたい──切なる思いで続けたトイレ掃除

ここで鍵山先生の歩みを簡単に振り返っておきましょう。

鍵山先生は1933年東京生まれ。疎開先である岐阜県の高校を卒業後に上京。会社勤務を経て、1961年にローヤル(現・イエローハット)を創業。たった一人で自転車の行商から始めた同社を、日本有数の自動車用品チェーンへと育て上げました。

その人生と切っても切り離せないのが掃除です。

鍵山先生は創業期、社員さんに少しでもよい環境で仕事をしてほしいと願い、毎朝早朝に会社のトイレ掃除を始めました。皆さんに一切強要することなく、たった一人で始めた活動であり、当初は床にかがんで掃除をする手を跨いでいく社員もいたそうです。

しかし、黙々たる実践が10年続いた頃には1人、2人と自主的に手伝う社員さんが現れるようになり、やがて全社に広まることで社風が格段に向上したといいます。

人の心の荒みをなくしたい。これが鍵山先生の切なる願いでした。

共感の輪は社外にも広まり、「掃除に学ぶ会」を通じて各地に伝播。「日本を美しくする会」という社会運動へと発展した掃除の輪は、全国に留まらず、ブラジル、台湾、中国、ルーマニア、イタリア、ハンガリーなど世界へも広がっていったのです。

掃除には不思議な力があり、「掃除に学ぶ会」が開催された地域では、荒れた学校が落ち着きを取り戻し、暴走族が暴れ回っていた街は穏やかになりました。

私も取材を兼ねて広島の学校で「掃除に学ぶ会」に参加したことがありますが、トイレ掃除に無心で汗を流すうちに、心まで洗われたような気持ちになり、他の参加者さんとの交流も実に心地よいものでした。そして掃除が終わると、場の空気が実に清々しく、和やかなものになっていました。

これが環境を変える掃除の力の源なのか、と私は感動を禁じ得ませんでした。

毎日トイレ掃除を続けたおかげで、人生も会社も大きく変わりました

この度の鼎談では、お三方それぞれの立場で、鍵山先生の思い出や、学ばれたことを披露していただきました。

特に印象に残っている言葉を紹介します。

上甲晃氏

「鍵山さんがお亡くなりになったいま、私たちが一番問われているのは、自分の生き方だと思うんです。さすがに鍵山さんから教えを受けただけのことはあるなと、言われるような生き方をしなければならんというのが、いまの一番の思いなんです」

田中義人氏

(初めてお目にかかった時に鍵山相談役は)「自己紹介でこうおっしゃったんです。
『私は30年間毎日トイレ掃除を続けてきました。そのおかげで人生も会社も大きく変わりました』
私はこの言葉に衝撃を受けました。よし、鍵山さんのおっしゃることをやってみようとその場で決心したんです」

鍵山幸一郎氏

「親父は会社勤務時代の非常に恵まれた待遇を抛って、理想の会社をつくるという誓いを立てて独立しました。その分社員には厳しくなるわけですよ。
それ以上に家族には厳しくしなければいけないし、自分自身にはもっと厳しくしなくてはと、そういう信条が自分の中にあったと思います」

お三方のお話を通じて、鍵山先生の遺されたものの大きさを改めて実感させられました。

日本の社会は、様々な問題が山積し、とても混迷しています。いまこそ鍵山先生から学んだことを自分の立場で実践し、ささやかではあっても身の回りの一隅を照らしていきたい。そう心に期しています。


◎鍵山秀三郎さんには弊誌『致知』をご愛読いただいていました。創刊46周年を祝しお寄せいただいた推薦コメントはこちら↓↓◎


世に出版される雑誌のほとんどが人のスキャンダルや欠点、失敗を取り上げて嘲笑う内容の中で、『致知』はその人が失敗をもとにいかにして立ち上がってきたかという歩みに焦点を当てており、読む人に勇気と感動を与え続けてくれています。

日々ニュースで報道される忌まわしい事件を見ると、憂慮に堪えませんが、この悪しき風潮に歯止めをかける役目を持っているのが『致知』であると私は信じております。

▼『致知』2025年5月号 特集「磨すれども磷がず」
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