【取材手記】人間、運が悪い人なんていない——〝うつ病九段〟の闘い

~本記事は月刊『致知』20254月号 特集「人間における運の研究」掲載インタビューの取材手記です~

プロ入り38年のベテラン棋士

将棋というと、どんなイメージを抱かれるでしょうか? テレビで解説を見たことがあるけれどルールは知らない、趣味として時に家族や友人と楽しんでいる、藤井聡太さんの活躍は知っている……熱心なファンが多い一方で、あまり馴染みがない方も少なくないでしょう。

日本の伝統文化である将棋には様々な魅力があると思いますが、今回『致知』4月号にご登場いただいた先崎学(せんざき・まなぶ)九段は、将棋の世界を

「厳しくも美しい世界」

と表現されました。

「将棋は気持ちがいい世界でしてね。棋士同士は会社で言う上司や同僚とは違う。常に盤を挟んで一対一で勝負する。こんな純度の高い世界は滅多にないですよ」

生身の人間の真剣勝負。その闘いには自ずと、その人の性格や生き方、状態が現れてくるのでしょう。先崎九段はそんな世界に17歳で分け入り、38年にわたって闘いを続けてきたベテランです。あの羽生善治さんをはじめとする強者揃いの〝羽生世代〟と切磋琢磨しながら、エッセイの執筆に加え、アニメや映画の将棋監修も広く手掛けられています。

監修作品として最も有名なのは『3月のライオン』(作:羽海野チカ)でしょう。本作はアニメ化・実写映画化を果たし、幅広いファンを獲得している名作です。人気の裏には、将棋の世界の魅力を伝えたい、という先崎九段の思いも詰まっているのです。同作のファンの方にも、ぜひ読んでいただきたいインタビューです。

史上初、50歳で将棋名人。米長邦雄永世棋聖の内弟子として

今回、『致知』ご愛読者様の推薦もあって先崎九段の活動を知り、取材に至ったのは2月の初旬。まだ冷え込みが厳しいある日の午前中、事務所があるという都内某駅で待ち合わせをさせていただきました。

改札の近くでその姿を探していると、人混みに紛れながら、それでいて溶け込まない不思議な空気を漂わせて辺りを見回している方がいました。近づいてお声がけすると、やはり先崎九段でした。

取材は、プロの囲碁棋士である奥様と一緒に運営されているという囲碁・将棋スペース「棋樂」で行われました。初めに、現在のご活動に懸ける思いを語っていただきましたが、先崎九段と『致知』は、いまは亡きある人物を通して昔からご縁があったと言えるでしょう。

▲米長邦雄永世棋聖

それは日本将棋連盟の会長をお務めになり、2012年に亡くなられた米長邦雄(よねなが・くにお)永世棋聖です。ご生前、何度も弊誌にご登場くださり、「知の巨人」と呼ばれた上智大学名誉教授、渡部昇一先生と対談本を出版。将棋界のタイトルとして絶大な価値を持つ「名人」の座を争う名人戦にて、49歳11か月で優勝、史上初50歳で名人に在位という偉業を果たし、世間の注目を浴びた勝負師です。

先崎九段は、10歳の頃にそんな米長さんの家に住み込みで修業(内弟子)に入り、以後も直接間接に師事してきた門下生の一人なのです。

「君は将棋が好きかい?」

母親に連れられて初めて師匠宅を訪れ、夢中で将棋盤に向かっていた時、不意にこう問いかけられたことが、弟子入りの原点だったそうです。今回のインタビューでは、その出逢いに始まり、朝と夜、学校以外の時間を過ごした米長邸での教えを振り返っていただいています。

「苦しい時ほど笑え」

多くのファンを持ち、棋界に輝かしい足跡を残した米長さんの言葉が、没後10余年のいま、先崎九段の語りを通して蘇ってくるような感覚でした。

棋士は皆、将棋の子

内弟子期間を経てプロ入りし、羽生善治さんをはじめ多士済々の同世代と渡り合ってきた先崎九段。しかし冒頭に紹介した映画の仕事をはじめ、多忙を極めていた2017年、異変が体を襲います。

うつ病でした。

体の異常な重さに始まり、希死念慮(死にたいと願うこと)、さらに対局ではこれまで当たり前のように読めていた手が読めない。師匠が折に触れて語った〝生気〟が漲っているほうが勝つ、という教えも空しく、プロ棋士としての生命が危ぶまれるほどになってしまったそうです。

本記事では、10歳手前から打ち込み続けてきた将棋を休む、という無念の休場宣言と、懸命の闘病生活、そして見事な復帰の一部始終もお話しいただきました。

何が先崎九段を支えたのか。その経験を通じて、いかなる心境に至ったのか――。その答えを記事から抜粋します。

「運というのは、自分が『運がいい』と思ってりゃいいんですよ。人間だから運が悪い、うまくいかない時のほうが多いはずです。ですから、感謝することです」

将棋の対局が一進一退、常に勝てるわけではないように、人生にも浮き沈みがあります。そこにどんな態度で臨むか。これが人生を分けるのでしょう。担当者として、心に残ったのは、インタビューの終盤、先崎九段がポロッとおっしゃったひと言でした。

「棋士は皆、将棋の子ですよ。将棋と共に生きている」

この言葉には、棋士として将棋が好きで堪らないという純粋な思いと、これ一本で生きてきたのだという感慨、やめようにもやめられないという諦念、いろいろな感情がないまぜになっているように感じられました。将棋のプロとして生きる楽しさや切なさが詰まった実感の言葉です。結局は、この道を離れないという覚悟が、道を切り拓く根本なのかもしれません。

最初に本人がおっしゃったように、自分の体一つで相手と向き合う将棋という世界、その魅力を体感する取材となりました。本記事を通じて、人間と運の関係、いかにすれば人生で誰もが直面する順境と逆境を超えていけるか、そのヒントを感じ取っていただけたら嬉しいです。

 ↓ インタビュー内容はこちら!

~本記事の内容~
◇厳しくも美しい将棋の世界で
◇師・米長邦雄の風韻
◇ライバルの背中を追い続ける
◇うつ病と一進一退の攻防を繰り広げて
◇人間、運が悪い人なんて一人もいない

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