大切な人に食べてもらいたい——大人気〝添加物不使用〟弁当誕生の裏に込められた、知られざる思い〈升本フーズ会長・塚本光伸〉


「いつの時代でも健康に一番留意した食を提供したい」。そんな一途な思いで、添加物を一切使わない弁当を販売する升本フーズ(亀戸升本)。百貨店をはじめ都内に10店舗の販売店を展開し、月に15万個が売れるほどの人気を博しています。2001年に弁当事業を立ち上げ、今日の繁栄の礎を築いた会長兼社長の塚本光伸氏に、同社の歴史と事業の変遷、弁当づくりに込められた思いを伺いました。
※肩書と本文は2023年掲載当時のものです。

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商品は人品 作り手の思いと人間性

〈塚本〉 
1905年、東京都江東区亀戸にて祖父が創業した酒店は、割烹料理店に業態を変え両親に引き継がれた後、34年前に別会社として当社・升本フーズを設立。現在では、添加物不使用を掲げる弁当事業が人気を博しています。

家業を切り盛りする両親を見て育った私ですが、ある頃までは飲食業経営とは無縁の日々を送っていました。両親は店の経営で忙しく、子供の面倒をしっかり見る余裕もありません。当時は家族団欒で食卓を囲む友人宅を見て、不思議にすら思ったほどです。

さらに、長時間労働、薄給、休暇は僅か。社会的地位の低い実態を目にしていたため、飲食業という商売が大のつくほど嫌いになっていました。

実際、後継ぎにさせられるのが嫌で、高校卒業の翌日に家出を断行。とにかく家から離れようと大阪に出て仕事を探し、ゆくゆくは海外へ行こうと考えていました。自分の人生は自分で決めた道を進むと心に決めていたのです。

そこまで嫌っていた飲食業の道へ進む契機となったのは、20代の頃、個人起業した不動産仲介業の失敗でした。バブルの追い風に乗って順調に業績を伸ばし、当時では想像もつかない額の収入も得ていたある時、怪しげな領収書を掴まされ、多額の借金を負ったのです。

一時は倒産も覚悟しましたが、そんな時ご紹介いただいたのが有名ホテルの飲食の下請事業やファミリーレストランの経営だったのです。これらの仕事を請け負うことで窮地を脱することができ、35歳で従来の飲食の下請けに加え、家業の経営にも携わるようになります。

それまでの経験を通じて、飲食業の社会的地位の低さを問題視していた私は、社員にはよい環境で誇りを持って働けるようにしたい。そう願って、土日祝日に休みの取れる社員食堂の受託事業も開始。しかし、休みは取れても予算の都合で給料を上げられないジレンマに苦しみます。

最終的に社員食堂事業の大半からは手を引いたものの、社員によい環境で働いてほしいという思いは変わりませんでした。以降、レストラン、高級居酒屋、弁当製造・販売など事業を拡大。苦しい中ではありましたが、当時の業界ではまだ少なかった完全週休2日制、有給休暇の確保、社会保険への全員加入など、社員が働きたいと思える環境の整備にも努めました。その結果、現在、社員210名(パート40名)に対し、業界平均を上回る年収などの環境を提供できるようになりましたが、未だ優良企業の水準には至っておりません。

現在、年商の約85%を占める弁当事業に取り組み始めたのは、いまから22年前。原点となったのは、自分自身が食べたい、大切な人に食べてもらいたい、そう思える食品を作ろうという強い決意です。その一つが、添加物を使わないことでした。

食品添加物の大量使用が一因となり、社会的にがん患者が増加。それまで一般的でなかったアレルギーなどの要因の多くは添加物であることが科学的にも立証されています。特に日本は他国に比べいまも野放しな状態ですが、幸せの原点は健康であることです。安全で、食べてもらいたい食品。この思いを商品に込めました。

しかし、保存料を使用しないことから、初めは「臭いがする」など品質に関するクレームが相次ぎました。その度ごとに品質を保つための工程を増やし、季節によって味を調節するなど試行錯誤を重ねたことで、添加物不使用の弁当が完成したのです。

いまでは、素材にこだわり健康に留意した弁当として、百貨店に置いていただくなど多くの方に愛用していただいています。お客様からは「安心安全で心に残るお弁当だから何度でも食べたい」といったお声が多く寄せられるようになりました。

そして、そのようなお声をいただく度に社員には「商品は人品。作り手の思いと人間性だ」と伝えています。腕ばかりの料理人に味や見てくれのよい料理は作れても、どこか小賢しさがあれば喜びは感じられません。作り手の善き心が料理に伝わるからこそ、美味しいと思えるのでしょう。

人を感動させ、喜ばせる事業。そのことを明確に意識するようになったのは、うかい亭で有名な株式会社うかいの創業者・鵜飼貞男さんとの出逢いがきっかけです。

ある時、鵜飼さんに一通の手紙を見せていただきました。それは、事業に失敗し心中するため、最後の旅行で箱根を訪れた夫婦からの手紙でした。夫婦は、同社が運営する「ガラスの森美術館」を訪れて感動し、人生をやり直そうと決意。「トイレもない六畳一間のアパートですが、ガラスの森美術館に出会ったことで、いまは夫婦二人で幸せに暮らしています」と綴られていました。事業には人の命までも救う力があるのか、と衝撃が走ったことを覚えています。

それからというもの、お客様の喜ぶ姿を思い描き経営に取り組んできましたが、現在まで事業を発展させることができた幸運を思うと、感謝の念に尽きません。

同時に思い起こされるのは、これまでいただいてきた支えの数々です。僧侶を志していたものの、徴兵、シベリア抑留を経て戦後は慣れない商いを継ぎ、酒浸りになって亡くなった父。またそれを支えた母。どちらも正直に生きた人でした。そんな両親の背中を見て、「正直に商いをする」。このことだけは変わらぬ信条としたことで、たくさんの方の支えに恵まれました。

これからも正直を旨とし、お客様、社員の幸せを願って事業に邁進する覚悟です。

             〈塚本光伸会長(写真提供:升本フーズ)〉


(本記事は、『致知』2023年10月号 致知随想「人の心を動かす事業」より抜粋したものです)

◇塚本光伸(つかもと・みつのぶ)
昭和26年東京都生まれ。1988年、両親が経営していた割烹料理店を引継ぎ、別会社として升本フーズを設立。以来、社員食堂、レストラン、高級居酒屋、弁当製造・販売など事業を拡大。身体にやさしい「添加物不使用」の弁当が話題となり、現在は都内に10店舗の販売店を展開している。

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