クライエントと会う時は、知識を全部捨てなさい——忘れ得ぬ、師・河合隼雄の教え〈皆藤 章〉


日本を代表する臨床心理学者・河合隼雄氏に薫陶を受け、臨床心理士として人生に悩み苦しむ人々の心に寄り添い、共に歩んできた皆藤章氏。師・河合隼雄との邂逅を振り返っていただくと共に、臨床心理士としていまなお指針としている教えについて語っていただきました。対談のお相手は、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏です。

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人生を変えた生涯の師との出会い

〈皆藤〉 
教育学部に転じた春、物珍しさから「臨床心理学概論」という講義に出てみたところ、それが偶然にも河合先生の授業だったんですよ。

そして河合先生は黒板に大きく「臨床」と板書し、「臨床とは『床に臨む』と書きます。この床というのは死の床のことです。つまり臨床とは、死に逝く人の傍らに臨んで、その魂のお世話をすることです」とおっしゃった。

私は工学部出身ですから、最初は魂のお世話っていったいどういうことなんだ、変なことを喋る人だなと思いました。その一方、この人についていけば、あの親子の気持ちが少しは分かるようになるかもしれないと感じるものがあって、そこから河合先生の追っかけをするようになったんです。

〈鎌田〉
河合先生との出会いで生きる意欲を取り戻していかれた。

〈皆藤〉
授業が終われば、すぐに河合先生の後を追っかけていき、とにかくやみくもに質問する。それを繰り返していると、「忙しいから学部生の相手はしていられない。僕の指導を受けたければ大学院に来なさい」と言われたので、1年間猛勉強して大学院に進みました。人生で一番勉強したのは、この時だったのかもしれません(笑)。

〈鎌田〉
大学院で河合先生からどのような指導を受けたのですか。

〈皆藤〉
先生は、こっちが適当な気持ちで行けば適当にあしらわれるし、本気でぶつかっていけばきちっと受け止めてくれる、ここぞという時を外さない人でした。

印象に残る河合先生の指導はたくさんあります。大学院では心理学を勉強しながら、実際に様々な悩みを抱えるクライエントさんに向き合っていくのですが、あるクライエントさんの気持ちが分からず、関連する書物を読みあさっていたことがありました。

それでも分からなかったので河合先生に相談をしたところ、じーっと私の顔を見て、

「あんたが読んだ本には、あんたのクライエントが載っとったか」

とおっしゃったんです。

〈鎌田〉
本を読むだけでは、その人のことは本当に分からないと。

〈皆藤〉
以来、その言葉を座右の銘にして、クライエントに向き合うようになりました。

また、ある時には

「いくら本を読んでもいいけれども、クライエントと会う時には、それらの知識を全部捨てなさい」

と教えていただきました。

要するに、予め知識を詰め込んでああだ、こうだと考えていては、相手と心を通わせることはできないということでしょう。知識を全部捨てなさいと言われても、なかなか実行できることではありませんが、この教えはいまも臨床心理士としてとても大事にしています。


◉『致知』11月号 特集「命をみつめて生きる」◉
対談〝「命をみつめて生きる」〟
鎌田 實(諏訪中央病院名誉院長)
皆藤 章(臨床心理士)

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◇自分の中には「3分の1の悪人」がいる
◇何もしないことに全力を注げ
◇医者としての背骨になった父の言葉
◇人生を変えた生涯の師との出会い
◇本当に大切なものは形の向こう側にある
◇悲しき人間と共に歩む それが臨床心理士の道
◇原点に戻ることで進むべき道が見えてくる
◇生きていくプロセスに意味はやってくる
◇死をみることで命がみえてくる

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◇皆藤章(かいとう・あきら)
昭和32年福井県生まれ。52年京都大学工学部入学。京都大学教育学部転学部。61年京都大学大学院教育学研究科博士後期課程研究指導認定。大阪市立大学助教授、京都大学助教授などを経て、平成19年より京都大学大学院教育学研究科教授。30年4月からハーバード大学客員教授に就任。現在、奈良県立医科大学特任教授。文学博士。臨床心理士。著書に『それでも生きてゆく意味を求めて』(致知出版社)。

◇鎌田實(かまた・みのる)
昭和23年東京生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の公立病院・諏訪中央病院に勤務。63年39歳で同病院院長に就任。地域一体型の医療に携わり、長野県を健康長寿県に導く。平成17年より名誉院長。また日本チェルノブイリ連帯基金と日本・イラク・メディカルネット創設し軌道に乗せ、現在は顧問。国際的な医療支援の取り組みで、読売国際協力賞、日本放送協会放送文化賞を受賞。近著に『鎌田實人生図書館』(マガジンハウス)『鎌田式 長生き食事術』(アスコム)など。

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