波瀾のアメリカ大統領選挙の行方(京都大学名誉教授・中西輝政)


日本時間の11月5日、投票が始まったアメリカ大統領選挙。世界の運命を決めると言っても過言ではない今回の選挙はどのような展開になるのでしょうか。2024年10月号の連載「時流を読む」より、内容を一部ご紹介します。
※内容は、発刊(2024年9月1日)当時のものです

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大統領選の帰趨を決するラストベルト三州

〈中西〉 
私やアメリカ政治の専門家から見て、ハリス氏はこれまで精彩を欠いた副大統領だったという印象です。バイデン大統領から任された移民問題の解決に関しては、この3年余りで全く成果を上げられていません。

目下、アメリカでは不法移民問題が最大のテーマになっており、次々と中南米から不法移民が流入してきて治安は乱れ、社会保障費も非常にかさばるということで、有権者の多くが「移民問題を何とかしてくれ」と悲鳴を上げている状況です。

副大統領として不法移民問題で成果を上げられなかったハリス氏が、今度は大統領になると言い出している。一般のアメリカ人の中には、「ハリスで大丈夫か?」という懸念が残っていると思います。

確かにバイデン氏が撤退して、ハリス氏がその後釜に決まった当初は、「ハリス旋風」が起こり期待も大きくバイデン氏を上回る支持率になりました。彼女の母親はインド系で、父親は黒人でジャマイカからの移民系と、アメリカではマイノリティに属する人。しかも50代と比較的若く、しかも女性ということで、これまでずっと白人男性が主として大統領職を占めてきたアメリカの歴史を見れば、非常に斬新なイメージがあります。

もし当選すれば「初の女性大統領」「初のアジア系の血を受け継いだ大統領」ですから、激戦州の世論調査でもトランプ氏と拮抗するほどになりました。

しかし、このいわゆる「ご祝儀相場」の機運がひと段落したところで冷静に分析すると、ハリス氏はまだ11月の大統領本選でトランプ氏に競り勝つまで決して支持を伸ばしていないと思います。

依然としてアメリカの人口の約7割は白人の有権者で、この人たちにとって、人種差別とは全く無関係に、物価高や雇用、移民といった問題についてハリス氏の手腕に対する不安感は大きいものがあります。一方、トランプ氏は金利を低くして雇用を増やし、石油・天然ガスを掘削してエネルギーコストを下げる。長期的にはともあれ、当面だけ見据えると現実的な生活志向の政策を掲げています。

アメリカ大統領選の帰趨を決する重要な3つの州が「ラストベルト(錆びた工業地帯)」と呼ばれる地域に位置する東部のペンシルベニア州、中西部のウィスコンシン州とミシガン州です。ここは毎回激戦が繰り広げられており、2016年の大統領選では3州を制したトランプ氏が当選し、前回はバイデン氏がすべて奪還しました。つまり、この3州で勝利することが当選の必須条件だと言えます。

これらの地域は年配の白人男性人口が多いため、もともとトランプ氏優位であり、それを見越してハリス氏は早速この3州で連日集会を行っています。また前回の大統領選はコロナ禍で郵便投票の比率が高く、仕事を休んで遠くにある投票所に行く必要がなくなり、民主党の票田である黒人層や貧困層の票を取り込むことができたものの、今回はそうはいかないのでやはりハリス氏に不利です。

左右両方のアメリカのメディア、ワシントンにいる政治評論家たちの予測や評価を踏まえ、今後の経済情勢も加味すれば、私は投票日までにハリス人気は天井を打ち、よほど突発的なことが起こらない限り「トランプ有利」に転じてゆく形で推移すると思います。

トランプ氏の腹の内 本当にやりたいこと

〈中西〉
前トランプ政権で大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏や国務長官を務めたマイク・ポンペオ氏、大統領副補佐官で中国問題の専門家として対中強硬論者のマット・ポティンジャー氏らは、いずれもかつてトランプ氏の側近だったわけですが、政権を離れてからはトランプ批判の意見を述べるようになりました(ポンペオ氏は依然トランプ氏との関係を維持している、とも伝えられるが)。

彼らはアメリカが世界でどういう役割を果たすべきか、アメリカの外交安全保障はどうあるべきか、といった政治思想についてはもともと保守系のしっかりした人だったと私は見ています。その彼らが「トランプ第二次政権になると大変なことが起こるぞ」と断言、あるいはほのめかしているわけです。

アメリカの大統領は2期制のため、トランプ氏が再選すれば次はありません。ですから、2期目のトランプ氏は本当に自分のやりたいことをやり出すでしょう。1期目のトランプ政権の時は副大統領のペンス氏、先ほどのボルトン氏やポンペオ氏らが、トランプ氏の考えを常識的・合理的な路線に修正させていました。

あるいは、安倍元総理やイギリスのジョンソン元首相のように、トランプ氏の懐に飛び込んでいき、一定の影響力を与える外国の政治家もいました。極端な路線に走ろうとしてもブレーキをかける役割の人が周囲にいたわけです。

おそらくいまトランプ氏が心に抱いているのは、「あの時は自分のやりたいことをさせないように、羽交い締めにする連中がホワイトハウスの内外にいたんだ。畜生、騙しやがって。次はやりたいことをやるぞ」という思いでしょう。

では、トランプ氏が本当にやりたいこととは何か。それは彼自身が率直に語っていた頃の言動に如実に現れています。

一つは対北朝鮮政策です。トランプ氏は1期目、金正恩総書記と何度も膝詰めの会談をしました。当時、米朝首脳会談などというのは考えられないことで、日本をはじめ世界中が驚きました。

核・ミサイルの実験を繰り返し、日本の頭上を何度も飛んでいく。日本人を拉致して一向に返さない。その上、まともに交渉に応じようとしない。その「とんでもない独裁者」とアメリカの大統領が首脳会談を行い、握手をする。こんなことがあっていいのだろうかと思わずにはいられませんでした。

その頃飛び交った予測は、北朝鮮が核開発を放棄すれば、あるいは既に持っている以上の核はつくらないと約束すれば、在韓米軍は引き揚げてもいい、とトランプ大統領は金正恩氏に約束するのではないか。そういう話し合いが行われるのではないか。これは日本にとって恐怖のシナリオでした。

日本にしてみれば、北朝鮮が核兵器を持ったまま、それをアメリカが容認、または黙認することは絶対にあってはならないですし、朝鮮半島の非核化は何があっても実現しなければならない。しかも、もし万が一、在韓米軍の引き揚げが起こったら、これは日本の国の存亡に関わる事態になります。

トランプ氏が一体どのような北朝鮮政策を思い描いているのか。今後明らかになってくるとは思いますが、あの時の「危うさ」が繰り返されないことを祈らずにはいられません。いずれにせよ、トランプ氏当選を誰よりも強く待望しているのは金正恩氏でしょう。

9月に新しい総理総裁に選ばれる日本のリーダーは、トランプ当選の場合は、来年(2025年)1月の就任式前、まだバイデン政権が形の上でも続いている間に、アメリカと対北政策を詰めておく必要があります。また、安倍元総理がされていたように、トランプ氏にも強く働きかけなければなりません。ここでも安倍元総理が果たした役割は大きかったことを痛感させられます。


(本記事は月刊『致知』2024年10月号 連載「時流を読む」より抜粋・編集したものです)


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◇世界各国で見られた番狂わせの選挙結果
◇トランプ氏暗殺未遂とバイデン氏撤退
◇大統領選の帰趨を決するラストベルト三州
◇トランプ氏の腹の内本当にやりたいこと
◇台湾防衛や日米同盟がディールの条件に
◇最大の目標はノーベル平和賞の受賞!?
◇正しい歴史観を持ち 先人に感謝する

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◇中西輝政(なかにし・てるまさ)
昭和22年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、米国スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、京都大学大学院教授。平成24年退官。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。著書に『国民の覚悟』『賢国への道』(共に致知出版社)『大英帝国衰亡史』(PHP研究所)『アメリカ外交の魂』(文藝春秋)『帝国としての中国』(東洋経済新報社)など多数。近刊に『シリーズ日本人のための文明学2 外交と歴史から見る中国』(ウェッジ)。

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