2024年09月10日
〈写真提供=伊藤裕子氏〉 ◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。
障がいや病気のある子どものためのスイミングスクール「ぺんぎん村水泳教室」。創設者の伊藤裕子さんは、約30年間でのべ1,000人以上の子どもたちと向き合ってきました。先日、パリ2024パラリンピックの競泳男子4種目でメダルを獲得した鈴木孝幸選手もその一人です。大人の都合で子どもの気持ちを潰してはいけない――。そう語る伊藤さんに、「ぺんぎん村水泳教室」30数年の歩みや鈴木選手との出逢いについて語っていただきました。
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水の中で輝く命
「私が障がいのある子を産んだばっかりに……」
静岡県浜松市のスイミングスクールに勤めていた私が自分で水泳教室を開いた原点は、あるお母さんの涙でした。
約30年前の当時、脳性麻痺の男の子が勤め先にやってきました。体験をしてもらい安全確保ができると判断し、私は入会許可を出しました。ところが障がいの情報が上司に伝わると、あろうことか断るよう命じられたのです。
責任を感じて行政や近隣のスクールに掛け合うも、結果は同じ。障がいのある子は冷たい奇異の目で見られ、公園にもおちおち連れていけない時代でした。彼のお母さんは私の前で涙を浮かべて自分を責めていました。
この世に障がいのある子を産みたいと願う親はいません。それでも、障がいを抱えて生まれてくる命はあります。なぜそれを受け止める社会になっていないのだろうと悲しくなりました。
休暇を使って市民プールで彼を指導し始めると、すぐ動きを憶え、笑顔が輝き始めました。口伝えで活動を知った親御さんからの希望が相次ぎました。「誰もやらないなら私がやろう」と独立し、障がいのある子のための「ぺんぎん村水泳教室」を開いたのは1992年、30歳の時でした。
あれから32年。生徒募集は一切していないにも拘らず、脳性麻痺児をはじめ、目や耳の不自由な子、発達障がいや進行性難病といろいろな事情を抱えた子供たち1,000人以上と巡り合わせてもらい、積極的に受け入れてきました。
ただし、当初は悩みもありました。市民プールで活動しているがゆえに、一般の利用者から「気持ち悪い」「うちの子がおたくの生徒から嫌な思いをさせられた」と、謝罪を求められることもしばしば。
「障がい者を集めて金を取る団体」と揶揄されることもありました。子供の笑顔のために突っ走ってきたものの、このまま続けるべきか迷いが生じていたのです。
そんな私の志を決定づけたのは、開校半年で訪れた、先天性の四肢欠損のある鈴木孝幸君との出逢いです。
右腕は肘から先がなく、左手は指が3本だけ、右足は根元付近から、左足は膝から下がありません。様々な子を見てきた私も、水着一枚で視線に晒されるこの子の気持ちを考え、受け入れに戸惑いました。
案の定、プールに出ると他の子たちの注目が一気に集まり、「何で手がないの?」と恐れていた言葉が飛びました。「守ってあげなくては」、そう思った瞬間、
「え? あるじゃん! これが僕の手だよ!」
と、瞬時に肘までしかない右手を差し出し応えたのです。胸に大きな衝撃が走りました。この子は6歳にして既に自分のありのままを受け入れ、これが自分であると主張すらできる。私は何を勘違いしていたのだろう。
「障がいがあろうとなかろうと、すべての命に輝きがあると認め合える社会をつくりたい。一人ひとりの可能性を引き出せる指導者でありたい」
そう心に誓いました。後の2004年アテネパラリンピック大会から、東京2020パラリンピック大会まで、彼が金をはじめメダルをいくつも獲るなんて、当時は夢にも思いませんでした。
〈2004年、練習を楽しむ鈴木選手(左)と|写真提供=伊藤裕子氏〉
何も孝幸君に限らず、私は大切なことをすべて出逢った子供たちに教わりました。
泳ぎ方の指導も、私が教わることから始まります。たとえ体が不自由で泳ぐのは難しいと思える子でも、生活を送る上で身につけている動き方があります。
水中で鬼ごっこや物を拾う遊びをするとそれが本能的に現れる瞬間があり、そこを活かしてあげれば必ず泳げるようになる。これまで関わってきた皆がそう教えてくれました。
そして子供たちの可能性を引き出すために一番大切なのが〝プラスの言葉がけ〟です。相談に来る親御さんは大抵、「この子はこれができなくて、ここがダメで」と説明されます。
それを聞いている子供は「自分はダメなんだ」と思い込み、できることにすら挑戦しなくなっていきます。
ぺんぎん村では2つのことを徹底してきました。常に肯定言葉で子供に接し、必ずお土産を持たせて帰すことです。お土産とは、これができるようになった! という〝「できた」のお土産〟です。
例えば水に浸かるのを怖がっている子が足を滑らせてドボンと潜ってしまい、ワッと泣きそうになった瞬間、すかさず「すごい、いま潜れたね! そこまでできるんだ」と一歩先回りして褒めるのです。
すると「できた、やれた」という達成感が生まれ、日常の様々なことに挑戦するようになります。〝できた〟の積み重ねが成長を促し、親御さんを笑顔にし、幸せの連鎖を生んでいく。冒頭に紹介した彼とお母さんの家庭も、こうして笑顔を取り戻されました。
大人の都合で子供の「やりたい!」という気持ちを潰してはいけない──これは私の信念の一つです。
これまで、せっかく泳ぎを覚えても、水泳の授業で先生から見学を命じられ、気持ちを潰される例が多くありました。その度に私は生徒の授業に出席して、彼らも「共にできる」ことを証明してきたものです。
ぺんぎん村に年齢制限はありません。通いたければ何年でも通い続けられます。365日ほとんどの日々を水中で子供たちと過ごす私ですが、いつまでもチャレンジャーとして、水中という素晴らしい世界から、幸せの連鎖を生み続けていきたいと願っています。
〈「ぺんぎん村水泳教室」のメンバーと。左が鈴木選手|写真提供=伊藤裕子氏〉
(本記事は月刊『致知』2023年12月号 連載「致知随想」より一部を抜粋・編集したものです)
致知随想「水の中で輝く命」
伊藤裕子(一般社団法人 ぺんぎん村水泳教室 代表)
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