「脳力」を極限まで引き出す極意 ——トップアスリートに学ぶ(林成之)

脳神経外科医として医学の進歩に貢献し、脳科学をスポーツ指導に活用してオリンピック選手らの快挙を御膳立てしてきた林成之さんは、「潜在能力は誰もが持つ才能であり、それを高めることはできる」と語ります。林さんが長年の研究と実践から導き出した脳の本能を生かし、限界を超えて前進する秘訣とは――。(『致知』2024年8月号 特集「さらに前進」に掲載記事より一部抜粋・編集いたしました)

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脳を前向きにする合言葉

〈林〉

……自己保存の本能とは、現状維持を求める心、と言い換えることができるでしょう。前述したように、脳が挑戦することで得られる報酬よりも失敗への恐怖などに支配されると、文字通り「現状維持は衰退の始まり」の状態に陥っていきます。

ただ、人間誰しも失敗はあります。大切なのは失敗しないことではなく、失敗しても止まらず、前に進み続けることでしょう。その意味で「さらに前進」、この言葉は脳の仕組みからして大変面白い、示唆に富んだ命題と言えます。

では、実際に脳の本能と向き合って「さらに前進」、潜在能力を発揮するにはどうすればよいか。

拙著『〈勝負脳〉の研究』を出版した後、2004年のアテネ五輪に出場した競泳男子日本代表をはじめ、請われて様々な競技のトップアスリートの指導をさせてもらってきた経験を基に説明します。

初めにご紹介するのは、2011年開催のサッカー女子W杯で日本勢初の優勝を成し遂げたなでしこジャパンです。大会に入る以前、当時の佐々木則夫監督に「先生、頭を強くする方法はありますか」と相談を受けました。その時に教えたのが「そうだね」という仲間の頭に入る言葉と使い方です。

後にカーリング女子日本代表が競技中に使って流行語になりましたから、ご存じの方も多いでしょう。私は「チームメイトと話す時には必ず『そうだね』と言ってから話しなさい」と伝えました。

既にご説明したように、脳には「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」という本能があります。この本能を生かすのです。後から何を言うかに関係なく「そうだね」と同調して会話を始める。すると話す側は否定されることへの恐怖がなくなり、聞く側も相手の言うことに興味を持ち、受け止めるようになります。自ずとお互いの潜在能力が引き出されるのです。

なでしこジャパンは、ボールを持ったら仲間がいないところへ迷わず、失敗を恐れず蹴る、という常識破りのパス回しを生み出し相手を翻弄しましたが、あれはまさに「そうだね」で生まれた信頼関係、チーム一丸で潜在能力を発揮した結果だと私は思います。

これを日常会話に活かすなら、「面白そうだね」「楽しそうだね」とポジティブな言葉を使いながら話すとよいでしょう。このように脳が持つ美しい本能、潜在能力を引き出すように育むことを、私は〈育脳(いくのう)〉と呼んでいます。

また一つ注目していただきたい脳の特徴があります。それは「同期発火」です。テレビや映画で、人が悲しんだり喜んだりしている様子を見て自分も同じような感情になったことがありませんか?

自分の脳が、相手が発する情報に反応してシンクロする時などに起こる現象が同期発火です。これを初めて教えたアスリートが競泳の北島康介選手でした。

どんなに強い相手でも「自分だったら勝てる」と思えば同期発火が起きて肉薄できる可能性が高まる。逆に「勝てるかどうか分からない」と考えて闘っていたら確実に負ける。そう教えました。

彼には背中の左右肩甲骨に位置する〝体軸起点〟を意識して泳ぐことや、脳が疲れない四拍子シンコペーションのリズム(イチ、ニイ、サン、シ、ィー)で泳ぐことを教え、見事に2008年の北京五輪で世界新記録を更新して優勝しましたが、これは個人競技に限らず、相手と闘う競技でも効果を発揮します。卓球女子日本代表の監督に「53年間、中国に勝てていないんです」と言われた際、私は即座にこう返しました。

「勝ったことがないって言ったら、もうおしまいなんです。逆に『きょうは中国選手団の調子が悪い。私は絶好調』って大きな声で喋ってから試合に入ってください」

選手も皆きょとんとしていましたが、実際に彼女らは大接戦を演じてくれました。同じく卓球の石川佳純選手が現役の頃、試合の前には相手がどれだけ強くても「きょうは自分の日だ」と思いなさい、と伝えたことがあります。人の勝負において、技術の差は確かに影響しますが、脳の働きを考えるといつも弱い者が負けるとは限りません。相手の実力や勝敗に関係なく「自分の日」と強く思うことで潜在能力が解放され、番狂わせの確率が高まるのです。

なぜ些細な言葉が勝負に影響するのか。脳に情報が入ると、第一段階として気持ちが動くことを説明しました。人はそこで空間認知能力を働かせ、直感的に物事との〝間合い〟を測るようにできていて、脳科学的には、この直感を言葉で満たすことができるからです。言うなれば言葉とは間合いであり、脳にプラスになる言葉を使うことはことほど左様に重要なのです。


本記事では他にも、自己保存の本能をいかに打ち破るか、潜在能力を発揮する要訣を、五輪選手団をはじめとするトップアスリートや子供たちの学習を支援した実体験から解き明かしていただいています。

  ↓ 記事内容はこちら!

■何気ないひと言が潜在能力を爆発させた
■脳の最も厄介な〝5つ目の本能〟
■言葉とは間合いである
■潜在能力の弱点を知る
■さらに前進こそ脳が求める生き方

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◇林成之(はやし・なりゆき)  

昭和14年富山県生まれ。日本大学医学部、同大学大学院博士課程修了。マイアミ大学医学部、同大学救命救急センターに留学。平成3年日本大学医学部附属板橋病院救命救急センター部長に就任。27年より同大名誉教授。脳低温療法を開発し国際脳低温療法学会会長も務めた。主著に『〈勝負脳〉の鍛え方』(講談社現代新書)などがある。

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