「写真の価値は未来のいつかにある」——映画『浅田家!』モデル・浅田政志が家族写真を撮り続ける理由

自身の家族を被写体に、消防士やロックバンドなどになりきる写真集を出版。さらに日本中を飛び回り、延べ百組以上の家族を撮影してきた写真家・浅田政志氏。その半生は2020年に映画『浅田家!』として映画化され、大きな反響を呼びました。なぜ氏は「家族写真」にこだわるのでしょうか。写真・家族と向き合い続けてきた浅田さんの歩み、写真が秘める力について語っていただきました。

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写真家としての原点

「1枚の写真で自分を表現しなさい」。この問いが写真家である私の人生の原点です。

三重県に生まれ、両親と兄がいる、ごくごく普通の家族の元で育ちました。父が年に一度、年賀状用の家族写真を撮っていたことも相俟って自ずとカメラに関心を抱き、物心つく頃には写真に携わる仕事がしたいと朧気ながら考えていたのです。そのため高校卒業後は大阪の写真専門学校に入学。課題として冒頭の問いが出されました。

難しいテーマにすぐに答えは定まらず、期限は刻一刻と迫ってくる。焦りと葛藤に苛まれていたその時、ふと「人生で1枚しかシャッターを切れないとしたら、一体どんな写真を撮るだろう」という疑問が頭に浮かんだのです。

1枚ならば、家族を撮りたい──。まさにパッと心の霧が晴れた瞬間でした。

ただし、単純に家族を撮っても面白味がありません。そこで思いついたのが、思い出を再現する手法でした。私が小学生の頃、父の怪我に慌てて兄弟揃って怪我を負い、看護師の母が勤める病院に運び込まれた騒動がありました。

いつも忙しない、浅田家らしい思い出はこれしかないと、当時の怪我を包帯で巻いて再現し、自分も含めた家族4人をカメラに収めたのです。

本作はユーモア溢れる作風が好評を博し、学長賞を受賞。この時、家族写真というありふれたテーマも作品になることを強く実感した私は、家族に焦点を当てた写真家になりたいと思うようになりました。この1枚からすべてが始まったといえます。

〝家族〟の答えを探して

卒業後は上京し、アシスタントとして基礎を養いつつ、休みを合わせて自分の家族写真の撮影に没頭しました。思い出の再現写真に加え、未来の家族と題して全員で消防士や泥棒に扮するなど、家族の様々な姿を撮り続けたのです。

そして約7年かけて撮り溜めた作品に興味を抱いてくださる出版社と出合い、2008年に写真集『浅田家』を出版。一風変わった写真集として新聞やテレビで脚光を浴びるようになりました。翌年、29歳の時には写真界の芥川賞と称される木村伊兵衛写真賞を受賞したのです。

こうして家族を撮る写真家として知られるようになった一方、「家族とは」という定義が定まらない自分にもどかしさを感じるようになりました。

様々な家族を撮影させていただき、自分なりの答えを探しにいこう。そう決意し、全国の依頼者の元へ足を運び、それぞれの家族に相応しい作風を一緒に考え、1枚の家族写真を無償で撮影する「みんな家族」を開始しました。

大阪で銭湯を営む大家族から子供が難病を抱えながらも懸命に闘う家族まで、10年間に撮影したご家族は約百組に及びます。様々な人々と出会い、身内しか知らない特別な話も多く伺うにつれ、家族の数だけ物語があること、大切な人と笑い合える日常に幸せが潜んでいるという当たり前ながらも大切なことを学ばせていただきました。

写真は〝未来を照らす道標〟

転機が訪れたのは2011311日。直接の被害は免れましたが、東日本大震災の凄惨な現実を目の当たりにし、写真家としてできることはないかと試行錯誤を重ねました。しかし何一つ具体的な行動には繋がらず、悲惨な出来事が起きた際、写真は力及ばないのだと強い無力感に苛まれたのです。

それでも少しでも役立ちたいと、岩手県野田村で支援物資の仕分けボランティアに参加しました。そして活動を終えた帰り際、私の目に飛び込んできたのは、役場の玄関の片隅で泥だらけの写真を必死に洗う青年の姿でした。

小田君は野田村出身で関東の大学に通っていたもののすぐに帰省。変わり果てた町中で偶然見つけた知人の写真を本人に渡すと、涙を流して喜んでくれたそうです。これなら故郷の力になれるかもしれないと写真を掻き集め、写真洗浄を始めたといいます。

純粋な思いに心打たれ、私も翌日から手伝い、手探り状態でしたが、持ち主の元に辿り着くことを信じて一日中洗い続けました。すると、私たちの姿を見たボランティアや地元の方が一人、また一人と手伝ってくださり、写真を救うために立ち上がったのです。

写真を手にした方から「全部流されてしまったけれど、写真が見つかって嬉しい。本当にありがとう」という言葉を掛けていただいたことは、忘れられません。

写真は空腹を満たすものではないけれども、大切な人とのかけがえのない思い出を想起させ、前を向いて生きる糧となり、心の拠り所になる。写真が秘める力の偉大さを心の底から教わった出来事でした。

この経験をきっかけにワークショップや展覧会を通じ、家族や大切な人とのかけがえのない思い出を現像して繰り返し見返す大切さを伝えています。また私の半生を描いた映画『浅田家!』が2020年に公開され、大きな反響をいただきました。

写真はその時々によって見え方や受け取り方が変わるものだと思います。例えば、野球少年だった頃の写真を見返し、大人になった自分自身を顧みるように、写真との対話がいまの自分のあり方・生き方を見つめ直すきっかけになる。ひいては生きる力にも繋がっていく。ですから、写真は〝未来を照らす道標〟だと思うのです。

写真の価値は未来のいつかにある──。これが写真・家族と向き合ってきた私の実感です。これからも一人でも多くの方の人生の糧になる写真を残せるよう、写真家の一道を歩んでまいります。


(本記事は月刊『致知』202310月号 連載「致知随想」より一部抜粋・編集したものです)

◇ 浅田政志(あさだ・まさし)
1979年三重県生まれ。日本写真映像専門学校研究科を卒業後、スタジオアシスタントを経て独立。2009年写真集『浅田家』(赤々舎)で第34回木村伊兵衛写真賞を受賞。2010年には初の大型個展「Tsu Family Land 浅田政志写真展」を三重県立美術館で開催。2020年には著書の『浅田家』、および『アルバムのチカラ』(赤々舎)を原案とした映画『浅田家!』が全国東宝系にて公開され、大きな反響を呼んだ。

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