「修造は修造を倒せ」——師から届いたファクスが松岡修造を目覚めさせた


1995年のウィンブルドンで、戦後では初、日本人男子として62年ぶりとなるシングルスベスト8進出という快挙を成し遂げた松岡修造さん。意外にも、その直前の全米オープンでは1回戦で途中棄権と辛酸を嘗めていました。弱音を吐く松岡さんに対して、師は一喝。その言葉が松岡さんの魂に火をつけ、快挙達成の原動力となったと言います。

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ウィンブルドンベスト8に導いた行徳先生の一喝

<行徳>
修造君に感心したことは幾つもあるけど、ほら、全米オープンで失格したじゃない。

<松岡>
ああ、1回戦で痙攣を起こして途中棄権した時ですね。

<行徳>
私に電話をかけてきて「日本に帰ります」って言ったけど、ひと言も言い訳や不平不満を口にしなかった。だから私は成田空港まで迎えに行ったんだ。

しかし、その後に便箋3枚の手紙が来た。そこに言い訳めいたことが書いてあったから、

「修造の敵はアガシでもサンプラスでもない。修造自身だぞ。だから修造は修造を倒せ」とファクスを入れた。

そうしたら見事にウィンブルドン選手権ではベスト8入りを果たし、続く準々決勝では世界ランキング2位のサンプラスをあと一歩のところまで追い詰めた。

<松岡>
あの時は1回戦から相手がむちゃくちゃ強い選手で、いつもだったら完全に負けていたんですよ。それなのに、僕の写真とか映像を見たら、自分じゃない感じがしたんです。

こんな殺気というか氣魄を出す人間だったのかなって。

<行徳>
ここにその時の写真がある。

<松岡>
先生、なんでそんなものを持っているんですか(笑)。

<行徳>
これは凄まじいよ。面構えがいい。学生にはこういう気持ちで学べ、経営者にはこういう気持ちで仕事しろとよく言ってる。

<松岡>
僕はあの時、死んでもいいからこの試合に勝ちたいと思った。それくらい大きな試合だったんですよ。で、ベスト8入りを決めてワーッとなった瞬間、思わず寝っ転がったじゃないですか。

同じ日に伊達公子さんもベスト8に入りました。その時、彼女はガッツポーズなしで普通に相手と握手していたんです。日本のテレビでは、同じベスト8でもこうも違うのかと、僕は格好悪いみたいな感じで切り捨てられたんです。

<行徳>
イギリスはそれこそテニス王国で、ウィンブルドンは聖地だから、普通の人間がコートに寝っ転がってごらんなさい。無礼だとバッシングされるよ。

でも、翌日の現地の新聞は一紙もそれがなかった。修造君のことを「東洋の若武者」と書いてあった。

<松岡>
いや、だからそこに僕は勇気づけられました。


◉『致知』2024年7月号 特集「師資相承」◉
対談〝紛れもない私を生き切れ

行徳哲男(日本BE研究所所長)
松岡修造(スポーツキャスター)

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◆行徳先生の心の声を聴いていきたい
◆最大の危機はアイデンティティクライシス
◆「いまどんな気持ちですか」その問いを発する意味
◆弱さを知ることが本当の強さ
◆両親の不仲が「憤の一字」となった
◆煩悩を捨てるのではなく煩悩を食べる
◆ウィンブルドンベスト8に導いた行徳先生の一喝
◆真剣と深刻は違う徳とは無類の明るさ
◆時代を動かすのは若者たち
◆生の躍動と充実その極致が死である
◆知識や理性に偏らず行動あるのみ
◆迷いだらけの身だと思うことが本当の悟り
◆2人がそれぞれ師匠に学んだ生きざま

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◇行徳哲男(ぎょうとく・てつお)
昭和8年福岡県生まれ。35年成蹊大学卒業後、大手財閥系企業に入社。労働運動の激しき時代に衝撃的な労使紛争を体験し、「人間とは何か」の求道に開眼。44年渡米、米国流の行動科学・感受性訓練と日本の禅や哲学を融合させ、「BE研修(Basic Encounter Training)」を開発。46年日本BE研究所を設立し、人間開発・感性のダイナミズムを取り戻す4泊5日の山中研修を完成。平成11年12月に終了するまで550回、政財界・スポーツ界・芸能界など各界のリーダー及びその子弟ら約3万名が参加。現在はそのエッセンスを凝縮した研修を続けている。著書に『感奮語録』(致知出版社)など。

◇松岡修造(まつおか・しゅうぞう)
昭和42年東京都生まれ。10歳から本格的にテニスを始め、慶應義塾高等学校2年生の時にテニスの名門校である福岡県の柳川高等学校に編入。その後、単身アメリカへ渡り、61年プロに転向。怪我に苦しみながらも、平成4年6月にはシングルス世界ランキング46位(自己最高)に。7年にはウィンブルドンで日本人男子として62年ぶりとなるベスト8に進出。10年現役を卒業。現在はジュニアの育成とテニス界の発展のために力を尽くす一方、スポーツキャスターなど、メディアでも幅広く活躍している。著書に、修造日めくりカレンダー『まいにち、修造!』(PHP研究所)など多数。

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