居合の道を五十余年——我いまだ熟さず(居合道常心会会長/範士八段・菅原久)

居合の道を50年以上歩み続け、88歳になるいまもなお現役で稽古し、また後進の指導に情熱を注いでいる居合道常心会会長/範士八段の菅原久さん。菅原さんはいかにして居合道に出合い、一道を極めてこられたのでしょうか。その歩みと共に、忘れられない師の教え、修業者の心得を語っていただきました。

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居合道との運命的な出合い

<菅原>

居合道の修業を始めて早50年以上になりますが、88歳になるいまもなお、稽古こしても稽古しても、これでよしという終わりがない、むしろますます深奥(しんおう)になる─。「我いまだ熟さず」(未熟)というのが、正直な心境です。

居合は室町時代に起源を持つ抜刀術ですが、その勝負を抜刀の一瞬にかける居合の精神は、「鞘(さや)の内うち」にあると言われます。即ち、抜刀する前に我が心法の利を以て相手を制圧し、体の働きを奪い去る。それでもなお敵が襲いかかってきた場合、一瞬を置かず抜刀して剣光一瞬のうちに敵を倒す。ここに居合の大精神があるということです。

そのため、居合道は刀の操法や体の鍛錬のみならず、心の錬磨を大事とする〝人間形成の道〟に他なりません。

私が居合道と出会ったのは、全くの偶然でした。昭和21年、旧満洲から父の郷里である宮城県栗原郡に引き揚げてきた私は、長じて陸上競技に熱中するようになり、進学した仙台一高では3年連続インターハイに出場。秩父宮雍仁親王殿下、同妃勢津子殿下よりメダルをいただいたことに感激し、将来は運動選手として活躍したいという思いを強くしていったのです。

しかし大学は強豪の明治大学に進んだものの、なかなか結果が出ず、生活のために毎日アルバイトに明け暮れる辛く苦しい日々が続きました。

そんな時、心を癒やそうと訪れた東京国立博物館で目にしたのが日本刀でした。その姿形を見て、なぜ黒い鉄の塊がこれほど美しい輝きを放つのだろうかと、すっかり日本刀に魅せられてしまったのです。これが居合道との出逢いに繋がる原体験となりました。

大学卒業後は保険会社に就職したのですが、転機となったのは昭和43年、京都の支社への転属でした。間もなく近くの繁華街で刀剣屋を見つけて入店したところ、「居合道教えます」という小さな張り紙が目に飛び込んできたのです。

心惹かれるものがあった私は、記載された電話番号に問い合わせ、当時70代半ばだった倉橋常茂先生に入門したのでした。32歳の時のことです。偶然見つけた刀剣屋で張り紙を目にしていなければ、居合道に出逢うことはなかったことでしょう。

師との忘れられない思い出

<菅原>

以後、会社勤めをしながら倉橋先生のもとで無双直伝英信流居合を修業し、居合についてはもちろん、人生に関することまでたくさんのことを教えていただきました。先生は私がちょうど錬士六段になった頃、92歳でお亡くなりになりましたが、その際に「後を頼む」とのお言葉をいただいたことから、私はさらなる鍛錬の必要を痛感し、流派を問わず様々な居合の先生に教えを乞うていきました。

伯耆流の小中弘行先生や安永毅先生、夢想神伝流の冨ヶ原冨義先生など、ここでは挙げきれないほど多くの先生方にご指導いただきました。

いまもよく覚えていますが、鹿児島出身の冨ヶ原先生との稽古の際、先生は床にほっぺをぴたりとつけ、私の軸足である左踵の動きをじっとご覧になりながら、「菅原君、そげんことやるかの~」とおっしゃったのです。

範士の大先生が、私のような若輩のために床にほっぺをつけてまでご指導してくだった。これには大変恐縮すると共に、ますます稽古に励まねばとの決意を強くしたものです。いまもそのお姿を思い返すと目に涙が浮かびます。

また、安永先生は女学校の校長を務められ、禅にも詳しい方でしたが、「菅原君、菅原君」と夜によく電話をくださり、そこで居合や禅に関する様々な訓言をお話しくださいました。安永先生が書き留めたものは、数冊の本として纏められていますが、これはいまも私の座右にあり、後進を指導する際など大いに活用させていただいています。

居合道の精神を後進に伝承する

<菅原>

倉橋先生の思いを継ぎ、「居合道常心会」を京都で発足させたのは平成14年、66歳の時です。常心会の名称 の「常」は、倉橋先生の「常茂」から、「心」は禅語である「平常心是道」から一字をいただき、命名しました。

そして、当会の会則は「居合を通して親睦をはかる」です。聖徳太子の「和を以て貴しとなす」、居合の「鞘の内」の大精神のように、居合道による心身錬磨を通してお互いの心が通じ合えば、それぞれの人生はもとより、より善い世界の実現に繋がるはずだという思いから定めました。

現在(2024年5月)78名(男性52名、女性26名)が常心会に通ってくれており、平成15年から講師を務める市民居合道教室(京都市剣道協会・京都市スポーツ協会)には、延べ3千780名にご参加いただきました。お世話になった先生方には到底及びませんが、多くの方々に居合道の素晴らしさをお伝えすることができ嬉しく思っています。

令和元年5月には、全日本剣道連盟の称号である「居合道範士」を授与いただきましたが、思い起こせば八段に合格して14年を経ていました。かつて安永先生が「範士になり、次の日に目を覚ましても何も変わっていないよ」とおっしゃったことをしみじみと噛かみ締めています。範士になったからといって偉くなるわけではない、むしろますます鍛錬精しょう進じんし、後進たちに居合の道を伝えていきなさいということです。

「未熟」と共に、私は「日日是好日」という言葉を座右の銘にしています。過去がどうであれ、いまがどんなに辛い状況であれ、毎日毎日を精いっぱい生きる。

その気概でこれからも終わりなき居合修業の道を歩んでいく覚悟です。

◇菅原久(居合道常心会会長/範士八段)

★本記事は『致知』2024年5月号「致知随想」掲載記事の一部を抜粋・編集したものです。

 

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