日本で十分な水と食料が確保できない時代がやってくる??【吉村和就×鈴木宣弘】

いま気候変動や土壌汚染、紛争の勃発、人口増加などの影響により、世界的な水不足、食料危機が目の前に迫っていると言われています。それは貧しい発展途上国だけの問題ではなく、世界の経済大国であり、豊かな自然に囲まれた日本もまた例外ではありません。それぞれ「水」と「食(農)」の問題に通暁するグローバルウォータ・ジャパン代表の吉村和就さんと東京大学大学院教授の鈴木宣弘さんに、日本が直面する危機とその処方箋について縦横に語り合っていただきました。(本記事は月刊『致知』2024年2月号「立志立国」より一部抜粋・編集したものです)

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迫りくる水不足

<吉村> 

2023年3月、ニューヨークの国連本部で「2023年国連水会議」が開催されました。私も日本の地下水について話をしてきたのですが、グテーレス国連事務総長が「地球はいま沸騰している」という言葉を使っておりました。それほどいま地球温暖化、気候変動は深刻になっているということです。

そして、このままでは2030年には世界人口の約半分、実に約40億人もの人々が、日常生活に不便を感じる「水ストレス」の状態に見舞われると予測されています。自国に水源があり、それを安心・安全に利用できる国は、国連加盟国193か国のうち日本を含めて僅か21か国しかありません。ですから、いま世界の大半の国は、多国間を流れる国際河川の水源を巡って激しい水の争奪戦を余儀なくされているんです。

もちろん、豊かな水資源に恵まれている日本も例外ではありません。日本の水資源の約3割は、梅雨と台風、積雪によって賄われてきました。しかし地球温暖化の影響で梅雨前線は日本列島に長く留まらなくなっていますし、台風の進路も無軌道になり、積雪はここ百年で約3割も減っています。何も手を打たなければ、いずれ日本も豊かな水資源に恵まれた国ではなくなってしまう可能性がある。

<鈴木> 

日本にも水不足の危機が確実に迫ってきているのですね。

<吉村> 

しかし、日本人は政治家を含め、水を巡る世界の状況に非常に疎く、水を護ろうとする意識に乏しい〝水ボケ〟状態に陥っています。例えば、日本が早急に手を打たなければならない問題の一つが、水インフラの老朽化です。

日本の上下水道は昭和30年代の高度経済成長期に、全国にバンバン敷設されました。それがいま還暦を越えて老朽化し、年間約2万件の漏水事故が起こっているんです。また数年前には和歌山市の六十谷(むそた)水管橋が崩落するなど、被害は年々深刻になっています。

それなら早く修理、リニューアルすればいいじゃないかと思われるかもしれませんが、当時の設備をつくり、その技術とノウハウを持った団塊の世代が一斉に定年退職を迎えてしまったために、難しくなっているんです。さらに、いま日本では毎年80万人もの人が減っていくという急激な人口減少が起こっていますから、それに伴い水の使用量も減って、水道事業者にお金が入らなくなっています。

要するに、「ヒト・モノ・カネ」の三つが同時に失われていく三重苦に直面しているのが日本の水インフラの現実なんです。これは農業用水路も同じで、老朽化しているのにリニューアルできず、多くの設備が水漏れを起こしています。

<鈴木> 

ええ、農業用水路の劣化も深刻です。

<吉村> 

また、水インフラの劣化は国防にも関わります。国内160か所に及ぶ自衛隊駐屯地は、水道や下水道などを地元の市町村に依存しています。ウクライナ紛争で分かったように、地域のインフラが攻撃を受ければ軍隊は身動きが取れなくなってしまうんですね。

ですから、日本の水を護るためにも、国家の安全保障のためにも、私は水道料金を値上げし、早急に水インフラを強靭化していくことが必要だと提言しているんです。

崩壊の危機にある日本の農業

<鈴木>
水と同じく、食に関しても日本は非常に厳しい状況に直面しています。気候変動によって世界的に食料供給が不安定化していることに加え、世界の人口が増えていることで需要もどんどん増えています。特に、経済力をつけた中国が食料や家畜の飼料になる穀物などを高価格かつ大量に買いつけていることで、日本が主導権を持って必要なものを必要なだけ買える時代は完全に終わりました。

さらにそこに止めを刺す形でウクライナ紛争が勃発。また、ウクライナ紛争の収束の目途が立たないうちに中東危機まで重なり、ますます食料や飼料を買いつけるのが難しい状況になっています。

<吉村>
まさに三重、四重苦ですね。

<鈴木>
中でも深刻なのは化学肥料の不足です。日本はもともと化学肥料の製造に不可欠なリン、カリウムを100%、尿素は96%輸入に頼っているのですが、主な輸入先の中国が自国需要を優先して売ってくれなくなって困っていたところに、リン鉱石の主な輸入元であるロシアやベラルーシとウクライナ紛争で敵対する立場になり、売ってもらえなくなりました。そうして家畜の餌えさと肥料の価格は2倍に跳ね上がり、おまけに燃料価格も高騰していますから、ものすごい勢いで日本の農家は疲弊し、ばたばた倒れていっています。

そもそも、日本の農家の平均年齢は2022年の段階で68・4歳です。これがあと10年すればどうなりますか。農業の担い手がいなくなり、日本の農業が崩壊することは目に見えていますよ。

また、日本の食料自給率は戦後一貫して下がり続け、2022年に先進国の中で最低の約38%(カロリーベース)にまで落ち込んでいます。ただし、農作物を育てる上で必要な肥料や種の自給率の低さも考慮すると、38%という日本の食料自給率は実質的に10%あるかないかでしょう。この状況を放置すれば、日本国内で食べるものが十分に確保できなくなり、最悪の場合、国民が飢え死にする可能性さえあります。

<吉村>
国民の食料と水が確保できない時が早晩やってくる。日本の食と水は本当に危機的状況で、まさに"背水の陣"なのです。


◉『致知』2025年6月号 連載「意見・判断」に鈴木宣弘さんがご登場!

終わりの見えない米不足、米価格の高騰。なぜ日本人の主食であるはずの米が手に入らないという異常事態が生じているのか。農業政策のエキスパートである鈴木宣弘さんにその根本原因を紐解いていただきました。神話の時代から「豊葦原の瑞穂の国」と称された日本の米づくりを再び取り戻せるかどうかは、私たち一人ひとりの意識と行動にかかっていることを教えられます。【記事詳細は下記バナーをクリック↓】

◇吉村和就(よしむら・かずなり)
昭和23年秋田県生まれ。大学卒業後、企業勤務を経て、平成10年国連ニューヨーク本部、経済社会局・環境審議官に就任。17年グローバルウォータ・ジャパン設立、代表に就任。著書に『水ビジネス110兆円水市場の攻防』(角川書店)『図解入門業界研究最新 水ビジネスの動向とカラクリがよ〜くわかる本』(秀和システム)など多数。

◇鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)
昭和33年三重県生まれ。57年東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学大学院教授を経て、平成18年東京大学大学院農学生命科学研究科教授。FTA産官学共同研究会委員、食料・農業・農村政策審議会委員、財務省関税・外国為替等審議会委員、経済産業省産業構造審議会委員、コーネル大学客員教授などを歴任。著書に『食の戦争』(文春新書)『農業消滅』(平凡社)『世界で最初に飢えるのは日本』(講談社)など。

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