指導者の本気が人を育てる——野球評論家・廣岡達朗×心身統一合氣道会会長・藤平信一

ヤクルトスワローズと西武ライオンズを日本一に導いた名監督として知られ、今年(2024年)92歳を迎える現在も野球評論家として活動を続ける廣岡達朗さん。廣岡さんの活躍の原点は、若い頃より稽古に励んだ心身統一合氣道で「氣」の働きを習得したことにあると言います。心身統一合氣道の道統を継ぎ、実践を通して「氣」の働きを伝え続ける藤平信一さんと共に、人が心魂を鍛える上で何が大切なのかを語り合っていただきました。

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指導者に求められるもの

<藤平> 

ところで、廣岡さんといえば、「管理野球」という代名詞を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。グラウンドだけでなく選手の生活まで厳しく指導されたことで、そのような名称がつけられたと聞いています。

<廣岡> 

あれはマスコミが勝手にそう名づけただけで、誰が大の大人を管理したいものですか(笑)。

僕は1974年、万年下位と言われるほど弱小チームだったヤクルトスワローズに最初はコーチとして入りました。その頃のプロ野球選手はいわば豪放磊落(ごうほうらいらく)で、朝まで酒を飲んでは二日酔いのまま打席に立つような選手がたくさんいました。練習中もオフのゴルフの話題ばかり。本気で取り組みさえすればスターになれる選手が何人もいるのに、これはとてももったいないと思いましたね。

野球選手に限らず、人間は誰だって楽をしたいと考えます。だけど、監督が選手に嫌われることを恐れてこれを黙認している限り、いつまでも下位チームのまま。それを改めるには基礎教育と、何より意識改革が必要だったわけです。

<藤平> 

廣岡さんは常勝チームの読売巨人軍でプレーをされていましたから、そのことをより痛感されたのでしょうね。

<廣岡> 

常勝チームの選手の主力選手で楽をしたいなどと思う者は誰もいません。私がまずやったのは門限を設けることでした。それだけでなく選手が心待ちにしていたオフシーズンをなくし年中無休の練習に挑戦させました。それから飲酒やゴルフ、当時は当たり前に行われていた麻雀マージャンや花札を禁止し、ユニフォーム姿での煙草、練習中の私語も禁止しました。

<藤平> 

選手側の反発も相当なものだったでしょうね。

<廣岡> 

しかし、人を育て強いチームをつくるには、嫌われることを覚悟でそれまでの常識を覆すことも必要なんです。何よりも大事なのは、こちらが本気であることです。僕は選手とひとたび縁ができたら、全力でその子を育てると誓います。本気でやり抜いて駄目だったら、その時は自分に引導を渡す覚悟でやってきました。

ヤクルトに来る前、広島東洋カープのコーチ時代のことですが、苑田聡彦外野手を二塁手にコンバート(守備位置を変える)するように根本陸夫監督から命じられました。苑田の守備を見ていて「これは絶対に上達しない」と思って根本さんに相談したところ「俺が責任を持つからやれ」と。

苑田は最初の一年間は全く上達せず、ストレスで円形脱毛症になるほどでした。それでも根気強く指導を続けた結果、2年目には二塁手のレギュラーポジションを掴んだんです。この時思いましたね。「ああ、人は必ず成長するものだ」と。

ヤクルト時代の水谷新太郎は足が速かったし、条件はすべて揃っていた。だけど彼も使い物になるまでに4年かかりました。

<藤平> 

人を育てるには根気が必要なのですね。

<廣岡> 

人を育てるのに、これだけやったけど育たないなどと思わないほうがいいですね。人間に生まれたら早い、遅いは必ずある。指導者が必ず成功するんだと信念を持って向き合えば、時間はかかってもいつか必ず成長する。それは10年、15年経ってから分かってくるものなんです。僕の経験からいえば、しつこいやつほどうまくなる。サッと覚えるやつはすぐに忘れて駄目になってしまう。

<藤平> 

私が廣岡さんを愛の人だと思う理由はそこにあるんです。ひとたび面倒を見ようと思ったら途中で絶対に諦めない。どうしたらうまくいくか、成長できるかをそれこそ365日考え続けられる。そういう廣岡さんの本気さが低迷していたヤクルトを3年弱で初優勝に導いたのでしょうね。

<廣岡> 

繰り返しになるけれども、僕のことを管理、管理と揶揄(やゆ)する人がいるが、僕は真理だと思うことをやってきただけです。いまの指導者は当然やるべきことをやらずに口だけでしょう。いいことは言うけど、嫌われるのを覚悟で死ぬまでやってみいと言いたいですね。そうすると世界が変わるから。やらないで立派なことばかり言うのは生意気ですよ。

・ ・ ・ ・ ・

★本記事は『致知』2024年3月号「丹田常充実」掲載記事の一部を抜粋・編集したものです。

◎廣岡さんと藤平さんの対談では

・できないことをやるのが努力

・〝野球の神様〟との確執

・真剣勝負のデモンストレーション

・負けた時こそ「氣を出す」

・人生を主体的に生きると「氣」が出る

など、氣を充実させて人生の万難に処していく具体的方法、心のあり方を実体験を交えながら縦横に語り合っていただいています。ぜひ全文をご覧ください

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◇廣岡達朗(ひろおか・たつろう)

昭和7年広島県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。29年に巨人入団、1年目から正遊撃手を務め新人王、ベストナインに輝く。引退後は評論家活動を経て広島とヤクルトでコーチを務め、監督としてはヤクルトと西武で日本シリーズ優勝、セ・パ両リーグでの日本一に導く。著書に『広岡イズム〝名将〟の考え方、育て方、生き方に学ぶ』(ワニブックスPLUS新書)『動じない。』(王貞治氏、藤平信一氏との共著/幻冬舎)などがある。

◇藤平信一(とうへい・しんいち)

昭和48年東京都生まれ。東京工業大学生命理工学部卒業。父・藤平光一より心身統一合氣道を継承し、世界24か国、約3万人の門下生に心身統一合氣道を指導、普及に務めている。米国大リーグのロサンゼルス・ドジャースの若手有望選手・コーチを指導する他、経営者、アスリートなどを対象とした講習、講演会、企業研修なども行う。慶應義塾大学非常勤講師。著書に『心と身体のパフォーマンスを最大化する「氣」の力』『「氣」の道場』『広岡達朗 人生の答え』(いずれもワニブックス)『一流の人が学ぶ氣の力』(講談社)『心と体が自在に使える「気の呼吸」』(サンマーク出版)など多数。

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