天地自然を崇拝して生活を営んできた日本人——高千穂神社宮司・後藤俊彦

古来日本人は、移ろいゆく四季を感じ取り、自然を尊ぶ心を年中行事として生活文化に昇華させてきました。また、神話の時代より、万世一系の皇統を尊び、祈年祭や新嘗祭などの神社神道の祭りを大事に守り続けてきました。弊誌にて「巻頭の言葉」を連載していただいている、神話の世界がいまなお息づく高千穂神社の後藤俊彦宮司に、悠久なる日本の歴史と文化伝統から日本人の心、これからの生きる道標を紐解いていいただきました。

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日本人の原点を育んだもの

年立ちてまづ汲くみあぐる若わか水みずの

すめる心を人は持たなむ

この和歌は年の始めを尊ばれた大正天皇の御製(ぎょせい)である。昇る太陽も汲む水も常に変わらないが、私共はそれを新年には初日と呼び、若水と称える。年が改まれば天地自然もまた神聖な命が蘇ると信じているからである。

「冬来たりなば春遠からじ」というが、1月から3月にかけて時は瞬く間に過ぎてゆく。日本人が季節の移ろいを感じとる感性が鋭いのは、変化に恵まれた四季の風土に生き、人と自然の間に一線を画すことなく一つの生命体として捉えてきたからだろう。

キリスト教にもイースター(復活祭)などの四旬節(しじゅんせつ)があり、自然を愛し尊ぶ心は世界の人々に共通しているが、それを五節句や年中行事として生活文化にまで昇華させてきたところにわが国の国風(くにぶり)のようなものを感じる。

例えば、花粉が飛散し病気が流行りやすい3月は桃の節句である。わが国では伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が桃の実を投げて黄泉(よみ)の国の悪鬼を追い払った神話等の記述から、古来桃には邪気を祓うとの信仰があった。平安時代には紙や木片で作った人形(ひとがた)で体を撫で、息を吹きかけて身の穢(けがれ)や禍(わざわい)を落とし、川に流して身を清める〝流し雛(びな)〟であったが、市民文化が成熟してくる江戸時代の中頃から観賞用の立派な雛人形が飾られるようになった。

5月は梅雨の季節で田植え月である。労働で疲れた身体を病気から守るために、この時期に根が薬用植物である菖蒲(しょうぶ)を刈り、軒に吊るしたり菖蒲湯に入ったりして無病息災の祈願をした。菖蒲は尚武(しょうぶ)と音が同じことから、雛祭りに対して男子の節句として定着した。このような行事は季節ごとの農耕生活の節目とも重なり、人々の健康を守り、稲の生育から子供の成長に至る大自然の生生化育(せいせいかいく)に適っているように思われる。

一方で神社神道は、春は神に対して五穀豊穣を祈り、秋には実りへの感謝の祭りを行ってきた。年中行事は各家庭で行われるが、祭礼は氏神さまに対して地域全体で行われるものである。いまだ人口も少なく、仏教伝来以前で神社建築がなかった時代は山や川、滝や巨石などの自然を祖霊(それい)や神の依代(よりしろ)として祭祀(さいし)が行われたから、神道は自ずから自然崇拝と祖先崇拝を民族的信仰の遺伝子として持つようになった。そうして少しずつ人が群れ、ムラ(村)となり、クニ(国)となって統一国家が誕生した。それを長い歳月をかけて可能にしたものは稲作の普及であったと私は思う。

伝統ある祭祀に再び光を

今日でも神社神道が大切にする代表的な祭りは、2月17日の祈年祭(きねんさい)と11月23日の新嘗祭(にいなめさい)である。祈年祭は農耕の始めに種籾(たねもみ)を神前に供え、稲の無事な発芽と実りを祈るもので、祈年の〝年〟は稲の〝稔り〟を意味する。現在では一部の関係者を除き、2月14日のバレンタインデーは知っていても、祈年祭を知っている日本人はほとんどいない。バレンタインデーも本来はキリスト教が誕生する以前の古代ローマを中心に、牧畜民族が結婚と豊穣(ほうじょう)の神を崇拝したルペルカーリア祭が起源という。

2月11日の紀元節(建国記念日)も国民的関心は薄い。わが国の建国記念日は明治6年に当時の学者が『日本書紀』を基として、神武天皇が即位された日を太陽暦に直して紀元前660年2月11日とした。世界の主な国々の建国(独立・革命)記念日と比較しても、126代に及ぶ万世一系の皇統を中心に、2683年もの長期にわたり一つの国家が続いている国は例をみない。

世界の政治家や国家指導者がわが国に強い敬意を表するのはこのためである。国外を含めて私がなにかの機会に日本神話と建国に言及すると、聴く人々の眼が輝き、驚きと感動で会場の空気が一変することを少なからず経験してきた。

その度に私には悠遠なる上世(かみつよ)より〝豊葦原瑞穂の国(とよあしはらのみずほのくに)〟と称して皇室を仰ぎ、祖先を敬い、自然を畏敬(いけい)しつつこの国を守り続けてきた人々に、心から感謝の念が湧いてくる。日本各地で催される祭礼や年中行事は、人々の希望と祈りをこめて人と人とが和み、睦(むつび)び、結びあう場となり機会となった。

しかしながら敗戦後の日本は、戦前の日本のすべてを封建的価値観に基づくものとして、古典とその中に学ぶべき道徳教育を怠り、家族制に替わって個人主義を学校教育で優先してきた。今や家族の崩壊は地域の崩壊を招き、薄れゆく罪悪感の中からは腐敗や不正が社会の隅々にまで浸透してきている。そしてこの度の3年に及ぶコロナ禍で、伝統ある祭礼や仏事、年中行事等の自粛により、各地でそれらが廃絶となった例も多い。

今や世界の人口は80億人を超えている。その総すべての人々が欲望のままに物質的繁栄のみを求めて海や山や川を酷使してゆけば、地球の自然環境は再生不能に陥るのではないだろうか。「足るを知る」という言葉があるが、私共はここで一度立ちどまり、人として本来あるべき生き方を考えてみる必要がある。

それは戦前の歴史や私共の日常の小さな暮らしの教えの中にもあるはずであり、冒頭に挙げた大正天皇の御製の「澄める心」に立ち戻ることにも繋がるように思う。

★本記事は『致知』2023年4月号掲載「巻頭の言葉」の一部を抜粋・編集したものです。

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◇後藤俊彦(ごとう・としひこ)

昭和20年宮崎県高千穂町生まれ。43年九州産業大学商学部卒業後、参議院議員秘書となる。國學院大學神道学専攻科並びに日本大学今泉研究所を卒業し、56年高千穂神社禰宜を経て宮司に就任。同神社に伝わる国指定重要無形民俗文化財「高千穂夜神楽」のヨーロッパ公演を二度にわたって実現。62年神道文化奨励賞受賞。神道政治連盟副会長、高千穂町観光協会会長などを歴任。令和3年神社本庁より神社界最高位の「長老」を授与される。著書に『神と神楽の森に生きる』(春秋社)など。

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