「いい酒を造る」——100年貫いた志をもとに終わらない会社を目指す(八海醸造・代表取締役南雲二郎)

新潟の地酒を代表する銘柄「八海山」で知られる八海醸造が、昨年創業100周年の節目を迎えました。市場に恵まれない過疎の村で産声を上げたこの酒蔵は、いかにして全国で愛飲される人気ブランドを育て上げたのでしょうか。同社が貫いてきた酒造りのポリシーを通じて、その秘密を探ります。

淡麗でバランスの取れた誰もが楽しめるお酒を追求して

〈南雲〉
いい酒を造る――先代の父がいつも口にしていた言葉です。

私ども八海醸造が創業来一貫して追求してきた〝いい酒〟とは、淡麗でバランスの取れた清酒。強い主張はしないけれども、料理を楽しみ、会話が弾む中で、飲むにつれてよくなっていく清酒です。

そして希少な高級酒ではなく、普段飲む清酒の品質に徹底してこだわり、誰もが気軽に楽しめる清酒造りを真摯に追求してご提供しているのが、当社の「八海山」です。

私の祖父・南雲浩一が霊峰八海山を仰ぐ新潟県南魚沼市で酒蔵を立ち上げたのは1922(大正11)年。おかげさまで昨年は創業100周年の節目を迎えることができました。

酒蔵の中では後発で、創業百年といっても正直面映ゆいものがあります。しかし、八海醸造という会社、そして八海山というブランドを懸命に守り、育て、百年の礎を築いてくれた祖父、後を継いだ父・和雄への感謝の念は尽きることがありません。

市内旧城内地区の地主であった祖父は、病院の誘致、製紙工場や発電所の建設に尽力し、戦後の農地解放では七万坪の雑木林を解放して農地に転用するなど、地元の振興に多大な貢献をしました。現地には、祖父の事跡を顕彰する感謝の碑がいまも立っています。

そんな祖父の活動の一環で立ち上げられたのが当社ですが、地方の片田舎ゆえに市場に恵まれず、酒蔵の存続には相当な苦労があったと聞きます。1953年に祖父が急逝し、父が25歳の若さで酒蔵を継いだ頃の製造量は、年間で現在の1割にも満たない300石弱、一升瓶にして2、3万本程度でした。

南魚沼から関東、そして全国へ

〈南雲〉
父は四男坊で元々酒蔵を継ぐつもりはなかったそうですが、祖父の代に入社した専務の富所義五郎と製造主任の丸山孝男、当社専属の杜氏となった高浜春男、そして私の母・仁と共に社業に邁進しました。この5人をなくして当社の今日はなく、その出逢いには運命的な導きを感じます。

地元に市場を見込めなかった父たちは、新天地を求めて関東へ進出します。見知らぬ土地で市場を開拓するのは並大抵のことではありませんが、地元から多くの人が出稼ぎに赴く群馬県と神奈川県を足掛かりにしました。

交通手段の限られた当時は、出荷する酒を運ぶだけでもひと苦労。車で自家配送を始めるまでは、冬はソリに載せて馬で四キロ先の最寄り駅まで運んだそうです。列車で運び終えた酒はトラックの荷台に積み、小売店を一店一店回って注文を募ると共に、小売組合の会合にも必ず出席して顔を売り、懸命に販路を拡大していったのです。

父はさらに、業界の慣例で横並びになっていた価格に追随することをやめました。「いい酒を造る」ためには相応の原価を費やす必要があり、周囲に忖度して安易な価格調整に走るわけにはいかないと判断したのです。

新聞で報道され大きな向かい風にも晒されましたが、逆に当社の姿勢が、様々な雑誌に紹介されて八海山の品質を認識される機会も増し、徐々に出荷が増えて、品切れになるほどの売れ行きとなりました。

需要の乏しい地方の村で創業したハンディを乗り越え、八海醸造と八海山はこうして全国的なブランドへと飛躍したのです。

目指すのは120点の酒造り

〈南雲〉
私が当社に入社したのは1983年。酒蔵を遊び場のようにして育った自分には、当社以外に勤めるところはないという思いでした。父から営業と製造を兼務することはできないと言われて営業を選び、加えて「いい酒を造る」ための社内環境を整えるプロデューサー的な仕事にも力を注いできました。

入社して数年が経った頃、営業先の居酒屋で、八海山が品薄のため他の日本酒より高く売られていることに気がつきました。いつでも気楽に飲めるはずの八海山の仕入れが途絶え、価格が高騰する状況が続けば、いずれお客様からもお店からも見放されてしまいます。

すぐに社内で「供給責任」という言葉を掲げ、お客様の「ほしい」に常に応えられる体制づくりに取り組みました。しかし、従来通りのやり方でただ製造数量を増やせば、必ず品質が落ちます。昨年まで守ってきた100点を、今年は妥協して95点で通してしまうと、来年はその95点が基準となる。さらに妥協を重ねれば、80点、70点と、取り返しがつかないところまで品質劣化が進みます。

そこで目指したのが、120点の品質です。常に120点の酒造りに本気で取り組むことで、100点の品質を維持する。そのための人材育成にも力を注ぎ、質と量の両方を追求して約10年で年間製造量は図らずも3万石を超えました。

いつでも、どこでも、高品質なレギュラー酒を楽しんでいただける環境をつくること。その責任を負うことが当社の誇りであり、そこにこそ八海醸造の存在価値があるのです。

米と麹と発酵をテーマに新しい可能性を追求

〈南雲〉
父が亡くなったのは、私が代表に就任した4年後の2001年でした。「いい酒を造る」。入社時より繰り返し言い含められてきたこの言葉を、私は常に指針にしてきました。

日本酒の市場は30年前に比べて3分の1に縮小しています。これからは、ただ日本酒を造って売るだけではなく、日本酒造りと関わりの深い米と麹と発酵をテーマに新しい可能性を追求して、八海醸造というブランドにさらに磨きをかけていかなければなりません。

幸い、「麹だけでつくったあまさけ」やクラフトビールの「ライディーン」など、新たな収益の柱となる商品が育っています。

また、地元南魚沼市の里山に設置した二つ目の酒蔵を中心に、蕎麦屋や菓子処など心安らぐスポットが点在する「魚沼の里」は、図らずも年間三十万人ものお客様が足を運んでくださる新たな観光拠点となりました。今後は北海道でウイスキー製造を手懸けるために立ち上げたグループ会社「ニセコ蒸溜所」などと共に、ご縁をいただいた地域の活性化にいささかなりとも貢献してまいりたいと考えています。

「いい酒を造る」。当社は今後ともこの志を貫き、八海山から派生する様々な事業の可能性を追求していくことを通じて「終わらない会社」を目指し、八海醸造というブランドを、これまで以上に皆様から喜ばれ、応援していただけるブランドに育てていく所存です。

覇気がなく、家庭や学校から徳育が失われ、国にビジョンのない日本の将来がとても気がかりです。人口減少が急速に進む中、深刻な人手不足に悩む企業が外国人材の力を借りるのは当面やむを得ないことではありますが、日本はもっと歴史や先人に学び、この難局を乗り越える生き筋を見出さなければなりません。これからの世界をリードできるのは日本人以外にない。そう私は信じています。

このことを踏まえ、私どもはこれからも「何かをしよう」という創業の原点を貫き、いささかなりとも国や企業の将来に貢献してまいりたいと願っています。


(本記事は月刊『致知』2023年10月号掲載記事を一部編集したものです)

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