女子重量挙げ日本代表・三宅宏美選手と父が語る「伸びる選手に共通する条件」

2016年のリオ五輪では怪我に苦しみながらも、8位からの大逆転で見事メダルを獲得した重量挙げ女子日本代表の三宅宏美さん。その宏美さんを誰よりも支え、2大会連続のメダル獲得へと導いたのは、監督であり、父親である三宅義行さんでした。日本女子重量挙げ史上初のメダル、日本五輪史上初の父子でメダル獲得という2つの快挙はいかにして生まれたのか。勝利への方程式を伺いました。

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バーベルに「ありがとう」

〈義行〉
私は彼女を16年間教えてきて、どんなメダルを獲ったことよりも、3回目を挙げた後にバーベルに抱擁した瞬間が、1番忘れられません。

——あのシーンは世界中の人たちに感動を与えましたね。宏実さんご自身は、あの時どういう気持ちだったのですか。

〈宏実〉
あれはバーベルに対して、挙げさせてくれてありがとうっていう感謝の気持ちですね。

2012年からの4年間は心身ともにすごく辛くて、金メダルを狙っていたにもかかわらず、思うように調整が進まなかった。そういう中で、失格寸前から銅メダルを獲ることができた。その嬉しさとすべてやり切ったことへの安堵感から、思わず抱きついてしまいました。

あと、この4年間にバーベルをつくっている職人さんにお会いしたことも大きかったですね。本当に小さな工場で4~5名の方が、機械ではなくて一本一本手間隙をかけてつくってくださっている。そういう姿を見た時に、もっと物を大切にしなきゃいけないなと。もちろん練習が終わった後に掃除や道具の手入れは以前からしていましたけど、より一層気持ちを込めてやるようになりました。

〈義行〉
やっぱり道具を大切に扱わない選手は伸びていかないですよ。たとえ調子が悪くても、どんな時でも、常に感謝を忘れないことが大事ですね。

〈宏実〉
道具と対話するというと変ですけど、毎日練習しながらちょっとでも軽くなってほしいって思ったり、いつかは挙げることができますようにって願いを込めたりするんです。相手は鉄なので返事はありませんが(笑)、でも、バーベルとコミュニケーションを取りながらバーベルと一体化しないと挙がらないと思います。

——バーベルと一体になる。

〈宏実〉
ウエイトリフティングって大地を踏みしめて下から上に物を挙げる競技なので、バーベルだけじゃなくて、体と地面も一体になるというか、力の方向が頭から足まで1本にならないと挙がらないんですね。だから、大地から湧いてくるパワーと空から降ってくるエネルギーをいただくというイメージでいつも試合に臨んでいます。

よくゾーンに入るって言うと思うんですけど、心技体が整ってバーベルや大地と一体化できた時は重さを感じません。それができるのもほんの一瞬だけで、きょうできても明日できなかったりする。なので、ウエイトリフティングの練習は毎日同じことの繰り返し。

でも、私はウエイトリフティングという競技が好きで、達成できた時の喜び、嬉しさを知っているからこそ、どんなに辛い練習があっても乗り越えられる。ちゃんと必ずご褒美があるんです。

伸びる選手に共通するもの

——義行さんが指導者として常日頃大切にされていることは何ですか。

〈義行〉
一に怒らない。二に褒めて伸ばす。三に見守ってあげる。四に選手に考える時間を持たせる。これが私のやり方ですね。

怒るってことは、その人が自己満足するだけなんですよ。選手だってやりたいんです。でも、できない。そこを理解してあげないで頭ごなしに怒っても、選手との間に溝ができるだけ。そういう溝はつくりたくないので、「きょうできなくても明日できるよ。でも、きょうやるべきことは明日に残さず全部やってしまおう」と言うんです。

誰だって怒られれば嫌な思いをしますから、それよりは「ここをこうしたほうがいいんじゃない。どう?」って言ったほうが、相手に考える時間を与えられますし、自分で考えてやるということは、本人にとって非常にプラスになるんですね。言われたことだけやっていても進歩がない。

——やらされているだけでは成長がないと。

〈義行〉
そうそう。自分から考えてやるところに意味がある。物事を自分で考えると、責任を持てるようになるんですよ、自分の練習にも、日常生活にも。ですから、選手を立てて褒めて伸ばしてあげるのが1番だと思います。これは職場でも同じことが言えるのではないでしょうか。

――これまで何百人もの選手を見てこられた中で、伸びていく人に共通するものは何だと感じられていますか。

〈義行〉
それはね、目標が高くて、素直さと謙虚さを持っている選手ですね。高い目標を本気で目指していれば、常に練習を中心にして物事を考えるようになり、いかなる時も練習から逃げなくなります。また、日々の練習もただ決められたとおりにやるのではなく、その中で創意工夫を重ねていくようになるんです。

その上で、目標を口にすること。これはとても大事な要素だと思います。全日本で優勝する、日本新記録を出す、オリンピックでメダルを獲ると目標を周りに言うことによって、頑張らなきゃと自分にプレッシャーをかける。

——高い目標を立て、それを公言することで、あえて自分自身を追い込んでいくと。

〈義行〉
有言実行、言行一致ということですよね。言ったことをやらずに、「何だおまえ、できなかったじゃないか」って周りに言われて、笑ってごまかすようなレベルの選手は強くなりません。

言った以上は責任が伴うわけですから、「おまえはちゃんと言ったことをやるね」と言われるように努力していく。そういう自分に対しての厳しさを持っている人間は間違いなく伸びていきますね。

〈宏実〉
ウエイトリフティングは、他の多くのスポーツのように相手と対戦する競技ではありません。すべて自分の責任で、自分の心と体の状態がそのまま結果に表れるので、常に自分との闘いです。

〈義行〉
そのとおりだね。

〈宏実〉
だからこそ、練習がものを言う。練習でできていれば試合でできないってことは絶対ないので、どれだけ試合を想定して練習できるか。そこの意識ですよね。

——時には負けそうになることもあるかと思うのですが、自分との闘いに克つためには何が大事でしょうか。

〈宏実〉
人間にはやっぱり波がありますから、いい時もあればダメな時もある。ダメな時は潔く負けを認めて、そこからどうやって抜け出そうかと心を切り替えています。

あとは、調子が悪い時なりにもきょうは絶対ここまではやるという目標を決めることも大事ですね。きつくても、やると決めたことだけは追い込んでクリアしていく。すべては自分の努力と心掛け次第じゃないでしょうか。


(本記事は月刊『致知』2017年7月号 特集「師と弟子」より一部を抜粋・編集したものです)

◉コロナ禍の日本にたくさんの感動を届けられた三宅宏実選手。弊誌にご登場いただいた際も、プロとしての厳しさ・苦しさと共に、競技に懸ける深い思いを語ってくださいました。現役生活、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました!
◇三宅宏美(みやけ・ひろみ)
昭和60年埼玉県生まれ。平成12年より父・義行の指導の下、重量挙げ競技を始める。五輪は16年のアテネ大会から4大会連続出場。24年ロンドン大会では銀メダル、28年リオデジャネイロ大会では銅メダルを獲得。女子48キロ級及び53キロ級の日本記録保持者。現在いちご㈱ウエイトリフティング部選手兼コーチ。

◇三宅義行(みやけ・よしゆき)
昭和20年宮城県生まれ。法政大学卒業後、自衛隊体育学校に在籍。43年メキシコシティ五輪ウエイトリフティングフェザー級で銅メダル。44年、46年の世界選手権でそれぞれ優勝。現役引退後は指導者として数多くの重量挙げ選手を育成し、日本重量挙げ界の発展に貢献する。平成13年東部方面総監部勤務を最後に一等陸佐で退官。28年より現職。

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