「最後の秘書」が語る、松下幸之助の人生の原点

「かつてない困難からはかつてない革新が生まれ、かつてない革新からはかつてない飛躍が生まれる」。松下電器産業創業者・松下幸之助氏の遺した言葉です。この言葉通り、様々な困難を飛躍のチャンスとしてきたのが松下幸之助氏の歩みでした。その「最後」の秘書である六笠正弘さん(写真左)と松下電器産業元常務取締役の土方宥二さん(写真右)の対談では、「経営の神様」の原点に話が及びました。

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「経営の神様」を支えた父の教え

〈六笠〉
熱海会談と新販売制度の実施もそうですが、振り返りますと、創業者の人生は苦難の連続で、まさに〝艱難(かんなん)汝(なんじ)を玉にす〟という言葉どおりの人生を歩まれたような気がします。私は創業者のそういう苦難を支えたお父さんの教えについて、ここで少し話させていただきたいと思います。

創業者が子供の頃、義務教育は尋常小学校4年生まででした。お母さんとしてはせめて4年間は学校に通わせたいと考えておられたようですが、既に大阪盲啞学校に勤めておられたお父さんが「丁稚奉公(でっちぼうこう)の口があるから早く幸之助を寄こせ」と呼び寄せられるんです。

最初は火鉢店で奉公され、そこが店じまいすると今度は船場にあった自転車店で働かれる。

11歳の頃、お母さんとお姉さんが大阪に出てこられ、お姉さんは大阪貯金局に就職される。そこではちょうど給仕も募集中で、それを伝え聞いたお母さんは創業者に昼間は貯金局で働いて夜は学校に通ったらどうか、お父さんに許してもらえるよう私から言ってみるよ、といったことを話されるんです。

まだ幼い上に丁稚奉公の辛さが身に沁みておられた創業者は大変嬉しく思われたとのことです。

ところが、お父さんは、

「話は聞いたけど、給仕になることは反対する。おまえはこのまま奉公を続けて将来商売で身を立てなさい。読み書きができず学問のない人でも立派な商売人になることは決して不可能ではない。給仕になって夜学に行くのも一つの道かもしれないが、幸之助は志を変えずに、この道をしっかりと歩みなさい」

と諭されるんですね。その後間もなくお父さんは病気で亡くなるのですが、商いの道で自分は生きていくんだと決心されたのでしょう。

〈土方〉
まさに創業者の原点ともいえる、いい話ですね。

〈六笠〉
くつろがれた時など「父親の言葉が心に沁みついて、いまでも思い出すことがある。熱海会談の時に、皆さんの声にじっと耳を傾けることができたのも、父親の言葉があったおかげかもしれんな」などと昔語りに話してくださることも、たびたびありました。

もちろん、創業者は長い人生の中で努力に努力を重ねて経営の道を開かれたわけですし、どこが転機かという見方は人によって違うかもしれませんが、お父さんから教えられた一商人の心得というものは終生沁みついておられたのだと思います。

もし創業者が丁稚奉公を経験しておられなければ、いまでいう創業当初のベンチャービジネスを立ち上げられることもなかったかもしれませんね。

「きみ、それはおかしいやないか」

〈六笠〉
創業者は文字どおり稀代の経営者でいらっしゃるわけですが、昭和36年に会長に就任されてからは、物心両面の調和ある豊かさによって平和と幸福をもたらそうというPHP研究所の研究活動を再開されました。

この活動を紹介される場合など常々口にされていたのが「素直」の二文字でした。素直な心には融通無碍の働きがあると仰っています。あるいは30年間、毎日の行動をとらわれのない心で行動し判断し、反省と精進を続ければ、やがて素直の初段に到達できる、というようなことも仰っています。

素直とは非常にシンプルな言葉ですが、説明するとなるととても難しい。しかし、そのことは亡くなるまで毎日のようにおっしゃっていましたね。私にはこの「素直」という言葉は創業者の人生を象徴しているように感じられますし、私たち現代人も学ぶべきことではないでしょうか。

〈土方〉
そのことに関連づけて申し上げれば、創業者は一度「こうしたい」という思いに駆られると、そのためにどう計画するか、どう作り上げるかと、あらゆる角度から考え抜いて実行する人でした。

そして、その時の判断基準は決して儲けや他社との競争ではなく、お客様がどうしたら喜んでくださるか、という一点にありました。常に使う人の目になって判断されるんです。

〈六笠〉
「素直な心」がないと、そういう発想には到達しないのでしょうね。

〈土方〉
創業者が務めておられた営業本部長代行の仕事の一つに、開発商品の価格を決める際の決裁があります。ある時、新しくできた洗濯機が持ち込まれ、「洗濯機は、どこが一番故障するのか」と質問をされました。

担当者が「一番下のモーターです。水のせいで錆びてしまいます」と答えますと、「外側は綺麗に塗ってあるけど、何回塗っているのか」「3回です」「それなら、このモーターは?」「1回です」。

ここまで聞いて創業者は仰いましたね。「きみ、それはおかしいやないか。一番問題があるところが1回で、水のかからない外側の部分が3回とは、どういうことや。洗濯機は見栄えで売るものではない。もっとお客様の立場になって考えなあかんやろ」と。

これを聞いた時、私はこの姿勢だから松下電器の商品は売れるし、販売網も広がるんだといたく得心しましたね。しかし、これも素直ということと同様、言葉は簡単だけれども実行となると難しいことだと思います。


(本記事は月刊『致知』2017年2月号 特集「熱と誠」より一部抜粋したものです)

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◇六笠正弘(むかさ・まさひろ)
昭和14年中国(旧満洲)生まれ。関西学院大学法学部卒業後、松下電器産業に入社。40年松下幸之助氏の秘書となり、平成元年松下氏が逝去されるまで務める。その後、松下氏に関する資料の整理に当たる。

◇土方宥三(ひじかた・ゆうぞう)
昭和8年新潟県生まれ。東京大学卒業後、33年松下電器産業(現・パナソニック)入社。平成2年取締役、6年常務取締役。同社顧問、客員を経て12年公益財団法人霊山顕彰会常務理事、霊山歴史館館長を歴任。

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