【102歳】裸足になってひたすら前進を続けよ——茶道裏千家前家元・千玄室が悲哀の中で掴み取ったもの


茶道裏千家前家元の千玄室氏は2025年4月19日、102歳を迎えられました。いまなお茶の道を究める一方、「一碗からピースフルネス」を志として半世紀以上、国内外に和の心を伝え続ける原点には、過酷な戦争体験、肉親の死など、数々の困難があったといいます。そんな千さんの半生に迫るエピソードをご紹介いたします。お相手は、宗教学者の山折哲雄さんです。
(本記事は月刊『致知』2010年1月号 特集「人生信條」より一部抜粋したものです)

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毎日死ぬことばかり考えていた

〈千〉
戦争中は、自分がいつ死ぬか分からないという思いで生きてきたわけですが、大事な家族を失うのはまた違う辛さがあります。10年前に家内、7年ほど前に二男に相次いで先立たれましてね。この時は特攻で死ぬこと以上に辛うございました。 

家内が亡くなった後、無常観と申しますか、半泣きになりながら毎朝の散歩を続けているような状態でございました。過ぎ去りし家内との思い出の中に入り込んでいる自分の姿がよく分かるのですね。けれども、どうしても切り捨てることができない。 

「おまえは一体何なのだ。戦争で死に損ない、大徳寺で瑞巖老師に学び、半世紀以上お茶の心を海外に伝えてきたのは一体何だったのか」と。

毎日、毎日死ぬことばかりを考えておりました。すると顔に死相が出てくるのですね。ある時、当時小学生だった孫娘が「お祖父ちゃま、どうしてそんな顔しているの」。そう言われてハッとしました。鏡を見たらなんとも情けない顔なのですね。「こりゃあかん。もう一度、立ち直らなくては」と。

ちょうど海外普及も50周年の節目を迎え、家内が「これからは好きな茶の道をされてはどうですか」と言ってくれたのを思い出しましてね。長男に家元を譲る決意をしたのです。

裸足になってひたすら前進を続けよ

〈千〉
そうしてだんだん立ち上がったところに、今度は二男が病に倒れてしまいました。見舞いに行くと、私の手を握って「僕はもう駄目かもしれない。兄さんが16代を継いでくれるのを見届けたかった」と申しまして……。 

〈山折〉
そうでしたか。

〈千〉
長男が家元を継承するのを見届けたように、二男は亡くなって、私もまたどん底に突き落とされた気持ちでございました。

しかし、家元の重責に前向きに立ち向かっている長男の顔を見たら「ここで自分が負けてはいかん」と心を奮い立たせました。人間再生です。

山折先生ね、瑞巖老師から私が最後にいただいた公案(禅の師匠から与えられる課題)が「破草鞋(はそうあい)」、破れ草鞋だったのですよ。

最初に老師に「はそうあい」と言われた時は、何のことだかさっぱり分からなかった。お伺いするわけにもいかないし坐禅をやっていても浮かばないのですね。 

ある時、玄関の入り口に掛けていた托鉢用の編み笠と草鞋を見た時、ハッと思ったのですね。「そうや、草鞋のことや」と。

しかしそれでも破れ草鞋がどういうことかがまた分からないのです。

〈山折〉
答えは見つかりましたか。

〈千〉
それが、最近ようやく分かりました。破れ草鞋は何も役に立ちません。自分の草鞋が破れている。それすら忘れて、裸足になってひたすら前進を続けよと。いつまでもうつむいていないで前進を続けよと。この年になって一つの疑問が解けてきました。

これがいまの私の心境です。 

〈山折〉
なるほど。お話を伺っておりまして、私のような門外漢から見ましても、それは実に見事な引退、そして新たな再生という人生の区切りではなかったかと拝察いたします。 

おそらく気力、体力ともに充実していらしたはずです。その段階で身を引くのは、よほどの決意がないとできないことだと思います。

そして家元を譲られることで、また大きな心境を開かれたのですね。 


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月刊誌『致知』が創刊四十五周年の節目を迎えられ、愛読される方々が増えていることを心より嬉しく思っております。 

『致知』を編集し、今日迄ま での道を作ってこられた藤尾秀昭社長とは昵懇にさせていただいておりますが、『致知』は今は亡き安岡正篤先生の教えを受け継がれていると思っています。現代の日本人に何より必要なのはしっかりした人生哲学です。『致知』は教養として心を教える月刊誌であり、毎回「人間を学ぶ」ことの意義が説かれています。もっともっと多くの方がこの誌を通じて自らの使命を知り、日本人としての誇りを培っていただけたらと念じてやみません。

◇千 玄室(せん・げんしつ)
大正12年京都府生まれ。昭和21年同志社大学法学部卒業後、米ハワイ大学で修学。24年大徳寺管長後藤瑞巖老師について得度。39年千利休15代家元を継承。平成14年16代家元を長男に譲り鵬雲斎千玄室となる。現在日本・国連親善大使、日本国際連合協会会長、茶道裏千家淡交会名誉会長、京都市生涯学習総合センター所長など多くの役職を持つ。平成9年文化勲章受章。哲学博士。文学博士。『お茶をどうぞ 私の履歴書』(日本経済新聞社)『生かされている喜び』『茶の心』(ともに淡交社)など著書多数。

◇山折哲雄(やまおり・てつお)
昭和6年米サンフランシスコ出身。東北大学大学院博士課程中退。出版社勤務を経て東北大学助教授、国立歴史民俗博物館教授、国際日本文化研究センター所長などを歴任。心の問題や宗教に関する講演、執筆活動を展開している。希望王国いわて文化大使。著書に『愛欲の精神史』『デクノボーになりたい 私の宮沢賢治』(ともに小学館)『蓮如と信長』(PHP研究所)『近代日本人の宗教意識』『親鸞をよむ』(ともに岩波書店)など多数。

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