打たれ強さ、これに尽きる——羽生善治さんが語る棋士に求められる資質

「炎のマエストロ」と呼ばれ、間もなく83歳になるいまもタクトを振り続ける世界的指揮者の小林研一郎さん。将棋界において前人未到の7冠や通算1500勝を達成し、いまなおさらなる高みに向かって進化を続ける羽生善治さん。30年来の知己であるお二人は一つの道を貫く中でどのような人生の四季を味わい、どのような心境に至ったのでしょうか。プロとして歩み続けるお二人の仕事観、人生観に学びます。

多少の浮き沈みを受け止める

〈小林〉
羽生先生は2017年、渡辺明先生から竜王位を奪取したことによって永世七冠を達成されます。それまで誰一人として果たせなかった大変な偉業を成し遂げられました。しかし、その後、AIなどの台頭で棋士として大変、苦しい時期を過ごされますね。

〈羽生〉
おっしゃるようにタイトルを七つ取った後、それが若手に奪われていく時期が続きました。しかし、勝負の世界なのでそういう浮き沈みがあるのは当然だと思っているんです。自分としてはそれほど気にはしていなかったんですけど、ファンの人たちが心配してくれて味噌や野菜を送ってくださったりしました(笑)。

もちろん、将棋の世界も新しい人や新しい考え方が出てくるわけですし、そういうものに学んでいく姿勢は常に決して忘れてはいけないと思っています。

〈小林〉
それは僕たちも同じです。

〈羽生〉
棋士にとって一番大切な課題は、やはり負けた時にどう気持ちを切り替えられるかでしょうね。

結果は人のせいにはできないし、自分が選んだ手は完全に自分の責任なんですね。将棋に偶然性というものはありません。ただ、それを100%受け止めるのは相当きついので、結果については自分の負担にならないようにワンクッション置いて、ある程度処理した上で受け止めることにしています。

そういう意味で言うと、睡眠はすごく大事です。単に長く寝ればいいというのではなく、しっかりと休息を取ることで体も安まるし、気持ちも切り替わる。簡単なようで、これがなかなか難しいんです。

〈小林〉
先生に先ほど聞かれたことを僕も質問したいのですが、棋士にはどういう資質が求められるのですか。

〈羽生〉
打たれ強さ。これに尽きると思います。結果を気にし過ぎてもいけないし、深刻に受け止め過ぎてもいけない。かといって目の前にある現実から逃避してもいけない。その辺りの加減がとても難しいんですね。

自分なりの方法論のようなものはたくさん出てくるのですが、一つのやり方を確立しても、そこにはいくらでも改良の余地が出てきて、後に大きく変わることもあります。結局はその時に最良と思う自分なりのスタイルを持続させていくしかないと思うようになりました。

取材などで「モチベーションをどう維持するのですか」とよく聞かれるんですが、これも体調などとも関係しますし、モチベーションをずっと維持し続けるのは難しい部分があります。

アスリートであれば、試合前の一か月、一週間にピークを持っていって調整していくことができるのかもしれませんが、私たちのような10年単位だとまず不可能。だから多少の浮き沈みは仕方がないと受け止めて、その場その場で自分のベストを尽くしていくことが大事ではないかと思っています。

〈小林〉
大切なことですね。

〈羽生〉
長いことやっていると、自分でも信じられないような負け方をすることもあれば、信じられないような勝ち方をすることもあります。薄氷を踏む思いで対局に臨むこともたくさんあるわけですが、長い目で見ると五分と五分かなというのが私の感覚なんです。


(本記事は月刊『致知』2023年4月号 特集「人生の四季をどう生きるか」より一部抜粋・編集したものです)

◎小林研一郎さんと羽生善治さんのご対談には、

●AIの登場をいかに受け止めるか
●師の姿から何を学ぶのか
●相手のためを思った時、新しい世界が開けた
●諦めないことで詰めることができる
●苦悩を越えて歓喜に至れ

など、長く現役で活躍し続ける極意、常に進化成長し、円熟していく人生のヒントが満載です。本記事の詳細・ご購読はこちら「致知電子版」でも全文をお読みいただけます】

◇小林研一郎(こばやし・けんいちろう)
昭和15年福島県生まれ。東京藝術大学作曲科、指揮科の両科を卒業。49年第1回ブダペスト国際指揮者コンクール第1位、特別賞を受賞。その後、多くの音楽祭に出演する他、ヨーロッパの一流オーケストラを多数指揮。平成14年の「プラハの春音楽祭」では、東洋人初のオープニング「わが祖国」を指揮。ハンガリー国立フィル桂冠指揮者、名古屋フィル桂冠指揮者、日本フィル音楽監督、東京藝術大学教授、東京音楽大学客員教授などを歴任。ハンガリー政府よりハンガリー国大十字功労勲章(同国最高位)等を、国内では旭日中綬章、文化庁長官表彰、恩賜賞・日本芸術院賞等を受賞。

◇羽生善治(はぶ・よしはる)
昭和45年埼玉県生まれ。6歳で将棋を始める。小学6年生で二上達也九段に師事し、奨励会(プロ棋士養成機関)に入会。中学3年生で4段となり、史上3人目の中学生プロ棋士に。平成8年7大タイトルを独占し、史上初の7冠に。30年棋士として初めて国民栄誉賞受賞。令和4年公式戦通算1500勝達成。通算タイトル獲得数は99期と単独1位。現在、タイトル100期を期して藤井聡太王将との王将戦に挑む。著書に『決断力』(角川書店)『迷いながら、強くなる』(三笠書房)など多数。

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