【取材手記】世界30か国を飛び、45年間を無事故で通した元国際線機長の危機対応論

パイロットとして日本航空(JAL)、スカイマークの二社で国際線機長を経験し、さらに教官として100名以上の後進を育ててきた横田友宏さん。起き得る事故やリスクを未然に防ぎ、多数の乗客に安全・快適な空の旅を提供してきたプロフェッショナルの体験から出る言葉は、まさに生きた知恵と呼ぶに相応しいものでした。

物腰柔らかなプロフェッショナル

1月初旬、寒風吹きすさぶ昼下がりに、取材会場のビルで待つこと数分。予定の時間よりも少し早く横田さんは現れました。

日々何百人もの乗客の命を預かり、頼る物のない空を飛び続ける。そのプレッシャーの中を生きてきたのだから、厳めしい方かもしれない……そんな思い込みはすぐに覆されました。風に吹かれていたこちらを気遣い、恐縮するほど優しく話しかけていただいたからです。

横田さんのことを知ったのは著書を通してでした。そこに列挙された言葉に感銘を受け、『致知』2023年3月号 特集「一心万変(ばんぺん)に応ず」にて取材の依頼をすると、教鞭を執っておられる桜美林大学の担当の方を介してすぐに快諾をいただきました。

既に記した通り、パイロットとして息長く安定した実績を残されながら、同時に多数の後進を育てることに成功している横田さんですが、その仕事力・人材育成力の根本は何なのか? 『致知』3月号誌面にて掲載されている内容を含めてご紹介していきます。

横田友宏(よこた・ともひろ)
昭和28年東京都生まれ。航空大学校を卒業後、50年日本航空(JAL)入社。B747機長として世界30か国へのフライトを経験。米ナパ運航乗員訓練所では教官として当時最多の訓練生を送り出す。以降、試験飛行室機長、安全推進本部次長などを歴任し、平成23年スカイマークに移り乗員課機長、ライン操縦教官を務める。30年より現職。著書に『国際線機長の危機対応力 何が起きても動じない人材の育て方』(PHP新書)などがある。
〔機体写真 Ⓒ日本航空〕

静かに燃える情熱

部屋に入ると、まずは資料として卓上に用意した『致知』の話に。(2023年2月号)特集「積善の家に余慶あり」について、共感を述べられました。聞くと大変な読書家で、弊誌でよくご紹介する稲盛和夫さん(京セラ名誉会長)や森信三さん(哲学者)の本も読んでいるとさりげなく言われたことに驚きました。

多忙な機長の業務と並行して修養に努めてこられた時間が、この品格に現れているのだと感じました。取材では、落ち着いて、かつ熱を込めて体験とそこから導き出したものを披歴くださいました。

横田さんがパイロットを志した理由の一つは、戦後焼け野が原になった東京に生まれて経験した貧しさ。そしてテレビなどを通して目や耳に入ってくる、西洋の暮らしの豊かさへの憧れだったそうです。いまでこそ自由に海外に行けるものの、当時海外に行く方法は限られており、国際線のパイロットになろうという志が芽生えた。

そこから航空大学校へ進み、日本航空(JAL)に入社され、訓練生として歩み始めます

ここで気になったのは、誰もが抱く夢がきっかけで就職した普通のパイロットであれば、無事故で勤めを終えることはもちろん、多数の後進を育て、危機対応の著書まで出版することは叶わない。横田さんの何がそうさせたのかという根本的な部分でした。

心がけていたことを聞いてみると、一つには「世界一のパイロットになる」と学生時代から考えていた、とのこと。訓練生から副操縦士、機長となるのは当然として、「その先」を見つめていたというのです。当初は漠然としていた思いが、経験を積むうちにどんどん大きくなっていったと。

もう一つ、横田さんが口にしたのは「事故で生まれる悲しみを一つでもいいから減らしたい」という願いでした。航空業界では、技術が進歩したいまなお、墜落や火災など、悲惨な事故が相次いでいます。ご自身が見聞きした遺族の悲しみに心を痛め、パイロットという仕事に留まらず、人生の中心に置いてきたといいます。

ここで挙げた2つは、言葉にすれば簡単なことかもしれません。しかし横田さんはこの思いの下、着実にキャリアアップしていき、降りかかった危機にも対応していきます。それが45年間無事故という実績の1つに繋がっていくのです。

〔機体写真 Ⓒスカイマーク〕

パイロットに一番大事な資質

ここで、『致知』誌面より横田さんの体験を一部ご紹介しましょう。日々勉強を絶やさないといったお話に、「そこで得た学びが窮地を救うことはありましたか」と聞き返した際の回答です。

〈横田〉
機械トラブルに何度も見舞われましたけど、なぜか私が遭遇するのはチェックリストに該当しないものばっかりなんです。

よく覚えているのが、真冬のモスクワへのフライトです。セカンドオフィサーとして後部座席にいたんですが、空港に着く前、コックピットの窓ガラスの内側一面に霜が張って、全く外が見えなくなってしまいました。何と窓ガラスのヒーターがすべて故障しています。緊急時のチェックリストはあるのですが、その確認事項をすべて実施しても、全く回復しません。

このままでは大勢の乗客の命が危ない。とにかく氷を溶かそうと、熱いお湯を染み込ませたおしぼりで拭きました。ところが外は零下50度、お湯も瞬時に凍りつき、事態はより悪化してしまった。

――考えただけで恐ろしいです。

〈横田〉
それでも、人間は不思議なもので、本当に追い詰められるとふっと思い出すんです。あれはいつだったか、緊急脱出訓練の際に耳にした教官のひと言でした。

「水消火器の中の水は、不凍液だから飲めませんよ」

そこでピンと来ました。これなら氷が溶けるんじゃないか。CAの女性に指示しても間に合いそうになかったので、私がコックピットを飛び出して取りに行き、おしぼりに消火液を出して拭きました。幸い、氷はすべて溶けました。

――鋭い閃(ひらめ)きに恵まれましたね。

〈横田〉
振り返ると、常日頃「どうしたら安全に飛べるだろう、事故を起こさず済むだろう」と必死で考え続けていました。だから何気なく聞いたことが心の片隅に引っ掛かっていたんでしょう。

私は、パイロットに一番大事な資質は「努力し続ける資質」だと言っています。常日頃から努力を積み重ねていると、想定外の事態に遭った時にスッと助け舟が入るという実感があります。
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パイロットに一番大事なのは「努力し続ける資質」――。これは「学び続ける資質」と言い換えてもいいかもしれません。

そしてその根本になるのが志でしょう。横田さんの危機対応論の根本には、単に機長として出世したいとか、うまくフライトをしたい、人から憧れられたいという見栄はなく、純粋に安全を希求する心がありました。


もっともそれを実践するのは困難なことです。私たちは横田さんに何をどう学ぶべきでしょうか。

記事では、航空業界に限らず、変化の激しいビジネス、職場でのリーダーとしての振る舞い等、いくつかの面から迫っていきます。

 -記事概要-
◉すべては事故の悲しみを一つでも消すために
◉パイロットは常に学び続けねばならない
◉不断の努力が危機に閃きを生む
◉機長に求められる振る舞いと心遣い
◉囚われを離れ使命を全うする

45年に及ぶフライト体験、教官として培ってきた指導論やリーダーのあり方を、心の奥にある熱い思いを込めて述懐された計4ページ。

不透明・不確実――何が起きても自分の責任で対処しなければならない時代、立場を生きる多数の人の仕事と人生の糧になればと願って取材をしました。記事から何か一つでも掴み取っていただければ光栄の至りであり、それが横田さんの「(事故の)悲しみを一つでも減らす」という思いが天に通じることでもあると感じています。

▼『致知』2023年3月号 特集「一心万変に応ず」
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自分の心さえ調い定まっていれば、また養っていれば、人生のどのような変化にも処していける――その姿勢を貫いてきた各界の人物に登場いただきました。

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