人生を拓くのは、「今日只今」を精いっぱい生きる心——境野勝悟×横田南嶺

作家・東洋思想家の境野勝悟氏と禅の一道を歩み、弊誌でも「禅語に学ぶ」を連載している鎌倉円覚寺管長・横田南嶺さん。白隠の師・正受老人の言葉からお二人が読み解く、きょう一日を輝かせる禅の精神とは――。

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一大事と申すは今日只今のこと

〈横田〉 
白隠禅師のお師匠さんだった正受老人が、晩年に村人相手にやさしい言葉で生き方を説かれたのが、有名な「一日暮らし」です。

人間の一生、どんな辛いことがあってもきょう一日の辛抱だと思えば耐えられるし、逆に嬉しいことがあってもきょう一日と思えばそれに耽ることもない。誰でも、きょう一日、目の前のことであれば頑張れる。きょう一日一所懸命やればいいと。そうして最後に、
「一大事と申すは今日只今のこと」
と締め括っています。

〈境野〉 
心に染みる説法ですね。実は、私は人生の目標って立てたことがないんです。ただ「縁」だけは大事にして、いつもそれに精いっぱい報いてまいりました。そうしたら、思いがけず素晴らしい出会いに恵まれ、東洋思想の本を30冊ほど書かせていただくことができた。ただひたすらご縁に従ってやっているうちに、こういう自分になったんです。

いまの若い人の中にも、目標が立たないと言って悩んでいる人が多いんですね。そういう青年たちには、俺も目標を持たなかったよ。だけど人の縁を大事にして、「今日只今」を一所懸命やってれば人生は開けていくんだよと申し上げるんです。

〈横田〉
「今日只今」というのは素晴らしい教えですね。

以前、一緒に修行した仲間が心臓の病気で病院に運ばれて、一命は取りとめたんですけれども、これまでのことが思い出せなくなって悩んでいたんです。そこでこの「一大事とは今日只今の心なり」という言葉を書いてあげたんです。「今日只今」生きてるんだから、よかったんじゃないか。「今日只今」が一番大事だと。幸い、徐々に思い出して復帰しましたけれども、あの時はつくづく、これは大変な意味の深い言葉だと思いました。

我われは過去のことにこだわりがちですけれども、それよりも「今日只今」こうして呼吸をしていることの素晴らしさ。それは自分の力ではなく、大きな力の働きによって生かされている。これ以上の大事、素晴らしいことはないと。あの一件でこの禅語の理解が一層深まったのです。

〈境野〉 
「前後裁断」という禅語もございますね。明日と昨日を切って、今日一日を生きよと。高い目標達成のためプレッシャーを受けている人も、「今日只今」自分のやるべき仕事に集中すれば、余計なストレスももらわないし、結果も自ずとついてくると思います。

覿面の今を失うに気づかず

〈横田〉 
正受老人は「一大事と申すは今日只今の心なり」という言葉に続けて、
「それを疎かにして翌日あることなし。全ての人、遠きことを思いてはかることあれども、覿面の今を失うに気づかず」
と説かれています。遠い目標を持つことも大事ですけれども、そればかりにとらわれて覿面の今、いま目の前のことを見失っては ならないと。一刹那正念場というのはそういうことだと思います。

〈境野〉
「刹那」というのは極めて短い時間という意味ですね。そして禅では「刹那生滅」という言葉もございますが、「生滅」というのは生きる死ぬということ。死ぬまであっという間なんだから、「今日只今」この一瞬を大切に、楽しく明るく生きよという教えなのですね。

考えてみますと、これまで何年か生きてきたという過去は、振り返るとあっという間の刹那です。未来もあっという間にやってくる。なんと今年ももう7月で、きょうもあっという間に過ぎ去っていく。にもかかわらず、私たちはいま生きていることの素晴らしさ、尊さというものを見ないで、自分の記憶の中の価値観に固執したり、社会の価値観に振り回されたりして、いらぬストレスをいっぱい溜め込んで生きてしまいがちです。
そういう時には、自分自身の心の奥底に向かって「カーッ!」と叫んで、束縛を打ち破らなければなりません。

私が一番好きな禅語を挙げるなら、やっぱり「喝!」ですね。天地と一体になったこの体から迸る「喝!」という音が、悩みや執着を取り去ってくれ、また新しい一歩を踏み出せるんですね。

〈横田〉 
最近はテレビの影響でしょうか、あまりその真意が理解されていないようですね。本当は、一切の執着を捨て去って天地いっぱいのいのちを生きるという意味です。

それには「回光返照」といって、外ばかりみる目を内に向けてみることが必要です。

〈境野〉 
やっぱり天地自然の回光を返照して、迸り出るような「喝!」でなければいけないのですね。

栄光学園に勤めていた頃、安谷白雲老師に悩みをご相談すると、老師はただ「よし、分かった! カーッ!」と。おまえも言えって言われて私も力いっぱい「カーッ!」と言うと、何のことはない、さっぱりするんですね。「喝!」っていう力はすごいなと。私をいつも安らかにしてくれる禅語は「喝!」の一文字、いや命の叫び、これだったなと実感しているんです。

逆境の中で苦しんでいる方もいらっしゃるでしょうが、この一喝によって一度自分が固執している価値観、理念、発想から離れてみられると、そこからまた新たな活路が見出せたりするものです。なんとか心新たに、一日一日をみんなで明るく生きていただきたいと願います。

松尾芭蕉は坐禅の指導を受けていた佛頂和尚から「いかなるか、これ人生」と問われて「古池や蛙とび込む水の音」と応え、「よし!」と許された。

人生といっても、蛙がポチャンと飛び込むような刹那の一瞬です。だからこそ、あれこれこだわりすぎないで、一日一日を大事に、明るく精いっぱい生きる。それが一刹那正念場を生きることではないでしょうか。

〈横田〉 
正念ということは混じり気がない、純一無雑ということでもあります。禅では「じゅんいつむぞう」と読むんですけれども、自分によけいなものを交えずに今日只今、いま為すべきことをやる。それが一刹那正念場を生きることだと思います。


〇横田南嶺さんから推薦コメントをいただいています!

人間として生まれてきたことは、尊いことであります。しかし人間らしく生きることは容易ではありません。常にすぐれた方の生き方に学び、その素晴らしさに感動する心が大切であります。それには『致知』が最適です。私も毎号拝読し、読むたびにその熱量に感動しています。

――臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺


(本記事は2014年8月号特集「一刹那正念場」より一部を抜粋・編集したものです。)

◎2025年2月号特集「2050年の日本を考える」に、横田南嶺師がご登場!!

かつて地中海全域を支配し繁栄を築いた古代ローマ帝国は、ローマ人がローマたらしめているものを失ったから滅びたという。
では、日本を日本たらしめているものは何だろうか。その1つは「勤勉・修養の精神」である。日本の最大の資源ともいうべき精神が失われつつあるいま、本誌連載陣の田口佳史氏(写真中央)、北康利氏(写真左)、横田南嶺氏(写真右)のお三方に、先達の生き方を交えながら、日本を富国有徳の国にするための道筋を探っていただいた。

 

「致知電子版」でも全文をお読みいただけます》

 

 

◇境野勝悟(さかいの・かつのり)
昭和7年神奈川県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、私立栄光学園で18年間教鞭を執る。48年退職。こころの塾「道塾」開設。駒澤大学大学院禅学特殊研究博士課程修了。著書に『日本のこころの教育』『「源氏物語」に学ぶ人間学』(いずれも致知出版社)など多数。

◇横田南嶺(よこた・なんれい)
昭和39年和歌山県生まれ。62年筑波大学卒業。在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。平成3年円覚寺僧堂で修行。11年円覚寺僧堂師家。22年臨済宗円覚寺派管長に就任。五木寛之氏との共著『命ある限り歩き続ける』(致知出版社)など著書多数。

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