シニフィアン共同代表・朝倉祐介氏の座右の書——渋沢栄一『論語と算盤』

東京大学在学中に友人とソフトウエアのベンチャー企業を立ち上げ、卒業後はマッキンゼー・アンド・カンパニーに就職。その3年後、請われる形で立ち上げに関わったベンチャー企業の社長に就任し、2011年に同社を、当時国内屈指のSNSを運営していたミクシィへと売却、同時に経営不振に陥っていたミクシィ社の抜本的な改革に取り組んだ朝倉祐介氏。2013年から1年間は、社長としてミクシィ社の業績回復に携わり、軌道に乗ったのを見届けて退社。朝倉氏が『論語と算盤』に出会ったのは、そのころのことでした。今では座右に置く同書について語ったインタビューをお届けします。

不変の真理を説いたビジネス書

『論語と算盤』を初めて手にしたのはミクシィの社長を退任した2014年のことでした。
ミクシィを退社後、改めて自分の歩みを振り返る中で多様な本を手に取り、その一つが『論語と算盤』でした。

一読後、「もっと早く出合いたかった」と心から感じた一冊です。

というのも、自分が行ってきたビジネスについて、それまで言語化できずに頭で考えていたことが見事に表現されていたからです。

渋沢栄一が「資本主義の父」と呼ばれ、生涯で500以上の事業の立ち上げに関わった人であること、道徳を重んじていたことは、当然知識として知っていました。

しかし、どちらかといえば道徳観や清貧思想を説いた説教くさい本だとの先入観があったのも事実です。

本書を読んで一番驚いたのは渋沢栄一の新自由主義的な考え方でした。

「お金が何よりも大事」
「稼いだら幸せになれる」
という拝金主義こそ完全に否定しているものの、お金を稼ぐこと、渋沢栄一の表現では「利殖」という行為自体は力強く肯定しているのです。

「世の中が前に進むには、必ず大きな欲望がなければいけない。利殖を図ることが充分でなければ、決して社会は進歩はしない」

『論語と算盤』の中でこう記しています。

競争は進歩のための手段であり、道義に則った競争はすべきである。この考えに基づき、実体験を踏まえた持論を展開しています。

その内容は多岐にわたり、自己啓発的な要素もあれば、資本主義の原理原則を説いた部分や社会批判もあり、時事ネタを交えながら分かりやすく伝えています。

また、『論語と算盤』という書名からも分かる通り、仁義道徳と経営のバランスを大変重視しています。

私自身、会社経営をする中でも、このバランスを意識することが多かっただけに、共感する点が随所にありました。

本書が執筆された時代背景を考えると、欧米列強に追いつくために人々が利殖や拝金主義に偏った考え方に陥っていた時期でした。

その世情に警鐘を鳴らすべく、『論語』という2000年前から大切にされてきた人生の原理原則を用いて、一石を投じたのでした。

その内容は、初版から100年近く経った現代においても全く古びることなく、通用する点が多くあるのです。

振り幅の激しい人生を生きた渋沢流の「適材適所」

具体的に私の『論語と算盤』の読み方としては、致知出版社から出ている現代語訳の『論語と算盤(上下巻)』を例にとると、「上巻:自己修養篇」「下巻:人生活学篇」のうち、上巻をよく読んでいます。

中でも印象深いのが、「適材適所」について述べている箇所です。

「適材を適所に置くことで、何らかの業績を上げさせる。このことがその人が国や社会に貢献するためのあるべき姿であって、またそれはそのまま渋沢の国家や社会に対する貢献でもある」

『論語と算盤』の中ではさらに、適材適所の重要性を江戸幕府300年の礎を築いた徳川家康の権謀をもとに説いています。

また、よい人材でも自分のもとを飛び立って活躍できる場があるのなら、いつでも出ていくべきであるという、当時としてはかなりオープンな思考を持っていたのも特徴です。

この適材適所に関して注目すべきは、組織内の人材登用に留まらず、自分自身も一つの駒として俯瞰していた点です。農民として生まれながらも、武士→役人→商人と華麗に立ち回りながら91年の生涯を全うした背景には、自分という人間を客観視し、適所に配置するという思考があったのです。

ここで渋沢栄一の生涯を改めて辿ってみましょう。

1840年に現在の埼玉県深谷市の豪農の家に生を享け、幼い頃より藍玉の製造販売などで才覚を現します。

16歳の時に幕末の混乱に乗じて尊王攘夷運動に加わるも、縁あって一橋家の家臣に迎え入れられ、1867年、27歳の時に幕府がパリ万国博覧会に派遣した徳川昭武率いる使節団の一員に加わり海外視察に出掛けます。

そこで日本と欧米列強の国力の差、特に経済力の脆弱さにいち早く気づいたことが、渋沢栄一の根幹を養いました。

帰国後、明治初期には大蔵省の役人として郵便制度、貨幣制度、徴税制度などの改革で辣腕を振るうも、大蔵卿・大久保利通と衝突し、33歳で栄達コースを自ら辞して野に下ります。

「金儲け目当ての卑しい人間だ」といった毀誉褒貶に超然とし、実業の世界に飛び込んだのでした。

彼ほど振り幅の激しい人生を送った人はいないのではないかと思います。

自分で事業を行うよりも多くの事業の立ち上げに携わり、日本を強くしたい。

この志に燃えていた渋沢栄一は、次々に会社や組織の立ち上げに尽力しました。

その身のこなし方は、僭越ながら私の経験とも重なる部分があります。

現在スタートアップの経営を支援する側にいることもあって、「もう自分で事業をしないのか」と質問を受けることがあります。

しかし、渋沢栄一同様、自分が一つの事業を行うよりも、複数のスタートアップを伸ばすことに携わるほうが世の中の役に立てると考えており、渋沢栄一の生き方が自然と自分の人生の指針となっているのです。


(本記事は『致知』2021年3月号の特集「名作に心を洗う」のインタビュー、「我が心の名作」より一部を抜粋・編集したものです)

◇朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)
昭和57年兵庫県生まれ。東京大学法学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務。平成22年東大在学中に設立したネイキッドテクノロジーの社長就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、25年代表取締役社長兼CEOに就任。翌年業績の回復を機に退任。スタンフォード大学客員研究員等を経て、29年シニフィアンを設立。著書に『論語と算盤と私』『ファイナンス思考』(共にダイヤモンド社)がある。

『論語と算盤(上下)』
 渋沢栄一・著/奥野宣之・現代語訳 各巻定価=1,500円+税

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