日本初の「浮体式」洋上風力発電に挑む。戸田建設・今井雅則会長の人生信条

ゼネコンとして国内有数の規模を誇る戸田建設。現会長の今井雅則氏は、二期連続赤字という火中の栗を拾って社を率い、見事に改革を成し遂げた手腕をお持ちです。
そして現在、世界共通の課題となったSDGs、政府が掲げるカーボンニュートラル社会の実現のため、同社は先陣を切って「浮体式」洋上風力発電ファームを長崎県五島列島の沖合に建設、稼働に向け期待が高まっています。社業と社会問題の解決を「恩返し」と位置づける氏の人生信条を語っていただきました。

優れたリーダーは人間的魅力に溢れている

現場を預かるリーダーは、いつ何が起きても常に冷静沈着に正しい判断をし、組織を動かしていかなければなりません。

三十代半ばで建設現場の作業所長になり、事故の発生や品質の問題など、様々なリスクと対峙する立場となった私が拠り所としてきたのが、明末の陽明学者・崔後渠(さいこうきょ)の説いた六然(りくぜん)でした。

自処超然(じしょちょうぜん)
処人藹然(しょじんあいぜん)
有事斬然(ゆうじざんぜん)
無事澄然(ぶじちょうぜん)
得意澹然(とくいたんぜん)
失意泰然(しついたいぜん)

世の中に対して常にこだわらず超然と、
人に接するに常に春風の如く穏やかに、
いざという時は泣いて馬謖(ばしょく)を斬るがごとき果断を持し、
平時はいつも清らかな水のように澄み切った心で、
得意絶頂の時でも淡々として自ら誇ることなく、
どんな逆境にあっても常に泰然自若として己を保つこと。

どこで出合ったのかはもう定かではありませんが、私はこの言葉に大いに勇気を得て、常に手元に置いて指針としてきました。

料亭を営む家の二男に生まれ、建設とは無縁な環境に育った私が当社に入社したのは、大学受験に失敗した失意の時期に大阪万博を訪れ、場内の建造物の素晴らしさに目を奪われたことがきっかけでした。

1978年に入社を果たすと、よき仕事、よき先輩にも恵まれ、多くの仲間と力を合わせてものをつくる喜びを実感。その魅力に取り憑かれて今日まで仕事を続けてきました。

建設の現場では、誠実に仕事に取り組むことの大切さを学びました。作業中はやむなく周囲にご迷惑をお掛けすることもありますが、平素の仕事ぶりを通じて関係者と十分な信頼関係を築いていれば、ご理解、ご協力をいただきやすく、計画をスムーズに進めることができます。万一トラブルが発生した際には、誠意を持って謝罪をする上司の姿から、責任の取り方というものを教えられました。

提案して組織力でつくり込む醍醐味を味わったのは三十代前半、1984年に着工した東京都立大塚病院でした。都心の厳しい条件下で大病院を建設するため、私は技術スタッフと入念な打ち合わせの上で、思い切って従来とは異なる工法を選択しました。

おかげさまでこの建物は医療福祉建築賞を受賞しましたが、自分の企画を形にしたり、大勢の人と協力してものをつくり上げることができ、私にとっては大きな転機となりました。

お世話になった東京都の担当役員の方とはいまもお付き合いがありますが、素晴らしい出会いに恵まれるのもこの仕事の魅力です。北里大学北里研究所病院の建設でお世話になったノーベル賞学者の大村智先生は、お目にかかる度にその人間力に感服させられます。

思えば、私がこれまで関わらせていただいた方々はいずれも人間的魅力に満ちた方々でした。様々な人間を束ねて一つのベクトルに向かわせるためにも、リーダーは十分な人間力を養わなければならないことを、私は自らの体験を通じて実感しています。

組織の進む方向を体を張って示すこと

2013年、経営のバトンを受けた私に課せられた使命は、二期連続赤字決算からの信頼回復でした。

当時の社内は、組織が硬直化してコミュニケーションが滞り、進むべき道を見失っていました。私は、社員の心を変えることが急務と考え、お客様の満足のため、誇りある仕事のためという本来の目的をいま一度思い起こし、人と地球の未来のためというビジョンを全社で共有することに取り組みました。

時代は大きく変化しており、旧態依然とした建築土木業に留まっていては将来は見込めません。

そこで、「再生期間」「成長基盤強化」「持続的成長に向けた収益基盤構築」「変革・成長フェーズ」と、2、3年おきに戦略テーマを掲げ、それに伴う具体的な方針などを列記したチャートを作成して見える化。これを元に年4回全国の支店を回って社員とのコミュニケーションを重ね、一人ひとりが新しいビジョンに向かって「自己発働的」に行動を起こせるよう意識改革を図りました。

常なる改革を標榜し、一つ階段を上ればすぐ次の階段へと改革の手を緩めなかったため、社員はさぞかし大変だったことと思います。しかし幸いにして、若い社員が手を挙げて新事業の立ち上げを主導するなど、徐々に変化の兆しが見え始め、おかげさまで5年経つ頃には会社が変わったというハッキリとした手応えを得られるまでになったのです。

無事再建を果たし、2020年に会長に就任してからは様々な公職も兼任して、長年お世話になった建設業界への恩返しに努めると共に、会社存続の基盤となる持続可能な地球の未来に寄与する活動にも尽力しています。

空海の教えに「四恩(しおん)」という言葉があります。私たちはこの世のすべての生命から恩を受けて生きていること、すなわち、いまでいうSDGsにも通ずる教えが1200年も前に説かれているのです。

洋上風力をベース電源としたカーボンニュートラルの世界
〈フローティングコンプレックス〉

当社はこれを受け、政府が掲げる2050年のカーボンニュートラル実現の切り札として浮体式洋上風力発電に着目し、五島列島での商業運用を始め、洋上風力発電のベース電源化に向け、活動を行っています。

これまでの歩みを振り返って実感するのは、トップが組織の進む方向を体を張って示すこと、時には命懸けでそれを体現してみせる覚悟が必要だということです。

その支えとなったのが、冒頭でご紹介した六然の心でした。社長、会長ともなると、自分の言動が周囲に大きな影響を及ぼすため、特に「処人藹然」を意識して自分を律してきました。

私はこれからも六然の言葉を座右に、社業を通じてお客様、そして社会の諸問題の解決に一層尽力していく考えです。それが、これまで支えていただいたすべての方々に対する私の恩返しなのです。


(本記事は月刊『致知』2022年4月号 連載「私の座右銘」より抜粋したものです)

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◇今井雅則(いまい・まさのり)
昭和27年大阪府生まれ。53年大阪大学大学院工学研究科前期課程建築専攻修了、戸田建設入社。平成20年執行役員。常務執行役員大阪支店長、執行役員副社長を経て、25年社長に就任。令和2年より会長。東京建設業協会会長、建設業労働災害防止協会会長、日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)共同代表、エコ・ファースト推進協議会議長。

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