「武士道といふは死ぬ事と見つけたり」の現代ビジネスに通じる真意を読み解く──新将命

シェル石油、日本コカ・コーラ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、フィリップなど、グローバル・エクセレント・カンパニー6社で陣頭指揮を執り、“伝説の外資トップ”の異名をとった新将命氏が「我が心の名作」に挙げるのが日本の名著と言える『葉隠』です。

同書は鍋島(佐賀)藩士の山本常朝(つねとも)が口述した話を、同じく藩士である田代陣基が7年にわたって書き留めた全11巻の大部です。新氏は「『葉隠』は、現代にも通用するビジネスパーソンとって不可欠なハウツーとすぐれた見識に満ちている」と言い、その中から現代にも通じる普遍性を提示した記述を31本選び、体験を通じて得た知見を現代ビジネスに当てはめて解説し、『伝説の外資トップが感動した「葉隠」の箴言』を著しました。

今回は同著をまとめるにあたり、新氏が最も苦心したという『葉隠』を代表する「武士道といふは死ぬ事と見つけたり」の言葉の真意を読み解きます。

「武士道といふは死ぬ事と見つけたり」 ─葉隠とは活私奉公の教科書である─

【原文・聞書第一-二】
武士道といふは、死ぬ事と見つけたり。二つ二つの場にて、早く死ぬかたに片付くばかりなり。別に仔細なし。胸すわつて進むなり。図に当らぬは犬死などといふ事は、上方風の打ち上りたる武道なるべし。

二つ二つの場にて、図に当るやうにわかることは、及ばざることなり。
我人、生きる方がすきなり。多分すきの方に理が付くべし。
若し図にはづれて生きたらば、腰抜けなり。この境危うきなり。

図にはづれて死にたらば、犬死気違なり。恥にはならず。これが武道に丈夫なり。

毎朝毎夕、改めては死に改めては死に、常住死身になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度なく、家職を仕果すべきなり。

【現代語訳】
武士道とは、死ぬ事であると悟った。人生には二者択一を迫られる時がある。そういうときは早く死ぬほうを選べばよい。何も悩む必要はない。細かな事は気にせず、腹をくくって進めばよい。思惑が外れて、手柄を立てずに死んだら犬死になどと考えるのは、上方風の気取った武士道だ。

二つに一つを選ぶというときに、いつも正しいほうを選ぶということは、人知の及ばざるところである。私も人も、生か死かでは生きるほうが好きだ。二者択一が生か死かであれば、多分、好きな生のほうを何かしら理屈をつけて選ぶだろう。だが、もしその判断が間違いだったとき、それでもなお、生きることばかりにしがみついていれば腰抜け扱いされる。ここが難しいところだ。

一方、判断や行動を間違えて死んだとしても、それは犬死に、無駄死にではあるものの恥とはならない。武道の心構えはこれで十分である。

保身か捨て身か、生か死かというときは、捨て身や死を覚悟すべきだ。毎朝、毎夕、死を覚悟して、いつでも死ぬ準備、我が身を捨てる覚悟ができていれば、我が身大事の束縛から心が解放され自由になる。心に自由を得て仕事に取り組めば、生涯落ち度なく役目を果たすことができるし、実は自分自身を生かすこともできるのである。

葉隠とはリーダーのための教科書

日本の武士道に対しヨーロッパには騎士道(Chivalry)がある。

騎士は国を治めるリーダーであり、彼らには“Noblesse Oblige(上流階級の人に伴う誇り高く寛大な振る舞い)”がある。

葉隠の時代の武士も、民の模範となり国を導くリーダーである。武士道も騎士道も、リーダーが歩むべき道であり、リーダーの在り方を説いた教えと言えよう。

武士道とは、リーダーのマインドを支える哲学、信念である。

「武士道といふは死ぬことと見つけたり」。この強烈な一句によって、葉隠は広く世に知れ渡るようになった。

一方で、そのために葉隠はファナティックなイメージで固められてしまい、その中に散りばめられている「生きる知恵」に注目する人が少ないように見える。

私は、葉隠は死ぬことを迫る書物ではなく、生きるための書物、それも現代に通じる組織の中で働く人のための「よりよく生きる方法」を記した書物と思っている。

いわば滅私奉公の対極にある「活私奉公の道」を具体的に説いたものが葉隠である。

「死ぬ事と見つけたり」と書いてある葉隠だが、そう言った山本常朝は、主君鍋島光茂公の逝去に際し、殉死禁止の君命を守り、死ぬことがかなわず、当時としてはけっして短くない61歳の天寿を畳の上でまっとうしている。

命を捨てようと思っていても、必ずしも死ねるとは限らない。これは「死ぬ事と見つけたり」と喝破していた常朝自身が身をもって痛感したはずである。

生きることは思うに任せないが、実は死ぬこともまた、ままにならないのである。

生死は人知を超えたもの、だから死ぬ気でやっても、必ずしも死ぬとは限らない。

むしろ死ぬ気でやったほうが、かえって生きる道が拓けることもある。山本常朝はそこまでわかっていて、「死ぬことと見つけたり」と言ったのではないかと私には思えてならない。

我が身大事ばかりではよい仕事はできない

「二つ二つの場にて」とは、どちらが損か得かという場面に遭遇することだ。

生きるほうが得で、死ぬのが損というのは昔の人もそう考えた。したがって、損得で物を考えれば、生きるための保身が優先される。保身のためなら、理屈などいくらでも付けられる。“Man is an essentially self-centered animal(人は本来自己中の動物である)”とイギリスの作家オスカー・ワイルドの言う通りだ。

勝てる相手と踏んで戦っても、必ず勝てるとは限らない。負けたとき、命が惜しければ逃げるのが一番だが、それで生き残っても腰抜け扱いされる。

危ない戦いのときには、自分は安全なところにいて部下に戦わせるほうが安全だが、それで上手くいけばよいものの、そうそう思惑通りにはいかないし、部下を犠牲にして生き残っても信頼を失ってしまう。

勇将の下に弱卒なしというが、保身ばかりに腐心するリーダーに率いられる集団が強いはずがない。

保身ばかりでは、結局よい仕事などできないよと葉隠は言う。

よい仕事をするには、保身への執着から心を解放し、自由にする必要がある。リーダー本人にとっても、保身ばかりにとらわれると、それが発想や行動を縛る枷となる。自由に考え、行動できない人によい仕事ができるはずはない。

だが、保身か捨て身かという二者択一の場面で、損得を考えないということは難しい。どうしても損得が目の前にちらつく。すると、修羅場に向かう心と身体がすくむ。
そうなると、もうよい仕事などできない。

だから、普段から腹をくくっておくことが大事と葉隠は言う。

現代社会では仕事で失敗しても、本当に切腹させられることはない。しかし、降格、左遷、解雇は組織で働くビジネスパーソンにとって、ある意味で死に等しいと言える。
降格、左遷、解雇が死であるなら、昇格、栄転、雇用の継続は生ということになる。

難しい仕事に挑んで失敗し降格、左遷、解雇されたらどうしようと思うから、身も心もすくんで自由が奪われる。

葉隠は降格、左遷、解雇されても恥ではないと言っている。だから、はじめから降格、左遷、解雇もOKと覚悟して、仕事に臨めばよいと言うのだ。

降格、左遷、解雇はステップアップのチャンス

私自身、長いビジネス人生の中で降格、左遷、解雇(正確には解任)を経験している。
だから「葉隠の言っているのは、あのときのことか!」というシーンが、いくつも目に浮かぶ。

もちろん自分から降格、左遷、解雇を望んだことは一度もないし、できれば避けたかった。

といって降格、左遷、解雇を恐れ、保身や私利を優先し、言うべきこと、やるべきことを抑えたことは一度もない。「これを言えば最悪クビになるかもしれない」と思いながらも、それが仕事にとって、またチームにとって、会社全体にとって役に立つことであるなら、覚悟を決めて主張した。

その結果、本当に降格、左遷、解任されたのである。

覚悟していたとはいえ降格、左遷、解任はショックだった。

しかし葉隠の言うように、それを恥と考えたことはない。むしろ保身に走り、もし何も言わないままでいたとしたら、きっといまでも後悔していたはずだ。

人間、反省は必要だが後悔は無益である。

降格、左遷、解任を経験したことで得たものもある。

私は、保身や私利を忘れて行動することは、案外自分にとっても、よい結果をもたらす場合が多いと体験的に知っている。

私はすべての降格、左遷、解任から復活している。

覚悟を決めて主張した結果、降格、左遷、解任されたとしても、意外にリカバリーのチャンスは多いし、ときにステップアップのチャンスさえ巡ってくる。これも、私の体験から断言できる。

保身か捨て身か、生か死かの場面に遭遇したら、捨て身のほうをとれと葉隠は言う。

そのほうが巡り巡って己に利をもたらすということを、きっと葉隠の口述者である山本常朝も知っていたのではないか。私は、自分の体験からそう思えてならない。


(本記事は『伝説の外資トップが感動した「葉隠」の箴言』の「第一章 第一節」の一篇を修正したものです)

◇新 将命(あたらし・まさみ)
昭和11年東京生まれ。34年早稲田大学卒業後、シェル石油(現・出光昭和シェル石油)入社。日本コカ・コーラ勤務を経て、57年ジョンソン・エンド・ジョンソン社長就任。平成2年国際ビジネスブレイン設立。これまでグローバル・エクセレント・カンパニー6社のうち3社で社長職、1社で副社長職を務める。著書に『新将命の社長の教科書』(致知出版社)など多数。

 

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