質問が一つもなかった稲盛和夫氏との面談──JAL再建の奇跡はかくて実現した【大西賢×大田嘉仁】

左が大田氏、右が大西氏

総額2兆3,000億円という事業会社として戦後最大となる負債を抱え、2010年に経営破綻した日本航空(JAL)。そのJALを奇跡と言われる再建に導いたのが、2022年8月に逝去された京セラ創業者の稲盛和夫氏です。破綻後の新社長として難しい経営の舵取りを担った大西賢さん、稲盛氏の側近としてJAL社員の意識改革に奮闘した大田嘉仁さんのお二人に、知られざる再建の軌跡、稲盛氏に学んだ経営の要諦、リーダーシップの神髄を語り合っていただきました。

突然の社長就任

〈大田〉 

JAL再建の歩みを改めて振り返ってみると、やはり大西さんが一番大変な役割を背負われた、ご苦労されたなと思うんです。

政府の要請を受けて、稲盛さんがJAL再建に取り組むことが決まった時、私たちが心配したのはJALの誰が私たちのカウンターパート(対等な相手)になるかということでした。その人とタッグを組まない限り、再建はできないだろうと。

それで企業再生支援機構や管財人の推薦を受け、稲盛さんなどの面談を経て、大西さんに社長に就任していただいたわけですが、どう考えても一番損をする役割なんですね。外部から来た稲盛さんと折り合いをつけながらも、あまりペコペコし過ぎれば社内から反感を買ってしまう。かといってJALの古い体質を引きずったままでもいけない。

その難しい状況の中で、社内をまとめていくという非常に難しい舵かじ取り、私だったら逃げ出したくなるような重い責任を背負われたのが、まさに大西さんだった。だから、稲盛さんも「不器用だったけど、結局大西君に一番苦労をかけたな」とおっしゃっていました。

〈大西〉 

稲盛さんとの出会いからお話しさせていただくと、当時の私は稲盛さんのことを本でしか存じ上げなかったんです。初めてお会いしたのは、先ほどおっしゃった社長を決める面談の時でした。

面談ですから、当然、「社長になったらどうするんだ」「覚悟はあるのか」などと、いろいろ質問されるのだろうと思っていました。ところが、質問は一つもない。稲盛さんが「俺はこうやって生きてきた」と、ご自身の人生体験をずーっと語られて終わったんです。

〈大田〉 

私もその場にいましたけれども、確か30分くらい稲盛さんが話をされていましたね。それを大西さんは目を瞑ってじーっと聞いておられた。稲盛さんの話を本気で聞いているのかなと(笑)。

〈大西〉 

ええ、思わず目を瞑ってしまいました(笑)。面談はその時の一回だけでしたから、当時54歳と若く、経験もなかった私がなぜ社長に選ばれたのか、いまだに分かりません。ただ自分なりに考えるには、その時、JALが再建に失敗する、二次破綻するケースは主に二つあったと思うんですね。一つは経営の舵取りに失敗するケースですが、これは稲盛さんがいらっしゃったことで可能性としては限りなく低くなりました。

もう一つは安全面が疎かになって事故を起こしてしまうケース。特にJALは過去に大事故を起こしていますので、再度何かあったら絶対に潰れてしまいます。

そういう意味では、私はずっと現場で技術・整備畑を歩んできた人間でしたから、安全面については脊髄反射するくらい徹底して体に染み込んでいるんです。安全面のリスクであれば担保できる、消すことができる。そこの部分で私を社長に選んでいただいたのかなと思います。というより、そこしか思い浮かばないですね。安全面以外の大半のことは、はっきり言って自信はありませんでした。

〈大田〉 

いろいろな要素はあったのでしょうが、それまでの社内外の多くの方々の推薦が大きかったと思います。

〈大西〉 

さらに、破綻した責任をとってそれまでの経営陣がスコーンといなくなってしまった。私を含め本来なら5年、10年後くらいに経営幹部になる人材、いわばひよっこが「きょうから経営をやれ」という状況になったわけです。教えてくれる先輩がいない、どうしていいのか分からない、そんなところからのスタートでしたね。


(本記事は月刊『致知』2023年1月号「遂げずばやまじ」より一部抜粋・編集したものです)

◉『致知』2023年1月号「遂げずばやまじ」には、大西さんと大田さんの対談を掲載。本記事には、

・「リーダーの考え方を変えるのが先」

・「上司、リーダーを見て部下は育つ」

・「リーダー合宿で心の扉が開く」

・「会社に聖域をつくってはいけない」

・「大義と謙虚さが物事を成就させる」

・「いま求められるのは徳を備えたリーダー」

など、稲盛氏から直接学んだ経営発展、組織発展、リーダー育成の極意がぎっしり詰まっています。本記事の詳細・ご購読はこちら【「致知電子版」でも全文をお読みいただけます。こちらから


◇追悼アーカイブ
稲盛和夫さんが月刊『致知』へ寄せてくださったメッセージ

「致知出版社の前途を祝して」
平成4年(1992)年

 昨今、日本企業の行動が世界に及ぼす影響というものが、従来とちがって格段に大きくなってきました。日本の経営者の責任が、今日では地球大に大きくなっているのです。

 このような環境のなかで正しい判断をしていくには、経営者自身の心を磨き、精神を高めるよう努力する以外に道はありません。人生の成功不成功のみならず、経営の成功不成功を決めるものも人の心です。

 私は、京セラ創業直後から人の心が経営を決めることに気づき、それ以来、心をベースとした経営を実行してきました。経営者の日々の判断が、企業の性格を決定していきますし、経営者の判断が社員の心の動きを方向づけ、社員の心の集合が会社の雰囲気、社風を決めていきます。

 このように過去の経営判断が積み重なって、現在の会社の状態ができあがっていくのです。そして、経営判断の最後のより所になるのは経営者自身の心であることは、経営者なら皆痛切に感じていることです。

 我が国に有力な経営誌は数々ありますが、その中でも、人の心に焦点をあてた編集方針を貫いておられる『致知』は際だっています。日本経済の発展、時代の変化と共に、『致知』の存在はますます重要になるでしょう。創刊満14年を迎えられる貴誌の新生スタートを祝し、今後ますます発展されますよう祈念申し上げます。

――稲盛和夫

〈全文〉稲盛和夫氏と『致知』——貴重なメッセージを振り返る

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◇大西賢(おおにし・まさる)

昭和30年大阪府生まれ。灘高等学校を経て、53年に東京大学工学部を卒業後、日本航空に入社。整備畑での経験を経て、平成22年に日本航空インターナショナル管財人代理兼社長に就任、24年に会長、30年から特別理事を務めた。現在は帝人社外取締役、商船三井社外取締役、かどや製油社外取締役、学校法人国際大学理事、学校法人東洋大学客員教授、ベネッセHD社外取締役を兼任。

◇大田嘉仁(おおた・よしひと)

昭和29年鹿児島県生まれ。53年立命館大学卒業後、京セラ入社。平成2年米国ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール修了(MBA取得)。秘書室長、取締役執行役員常務などを経て、22年日本航空(JAL)会長補佐・専務執行役員に就任(25年退任)。27年京セラコミュニケーションシステム代表取締役会長に就任(30年退任)。現職は、MTG取締役会長、学校法人立命館評議員、鴻池運輸社外取締役、新日本科学顧問、日本産業推進機構特別顧問など。著書に『JALの奇跡』(致知出版社)がある。

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