工藤勇一校長が力を込めて語った、子どもの「自律」教育が急を要する理由

宿題ゼロ・定期テストなし・固定担任制や校則の改廃……千代田区立麹町中学校の校長として、6年間、公立校としては異例の教育改革を行い、注目を集めた工藤勇一氏。現在は私立横浜創英中学校・高等学校に転任し、ここでも手腕を発揮されています。
『致知』2022年10月号に掲載され、多くの読者から反響が寄せられている特集記事「子どもたちの生きる力を育てる〈私の体験的教育論〉」の取材で工藤校長が力説された〝自律〟を教育すべき重大な理由について改めてご紹介します。

圧巻の〝プレゼンテーション〟

1時間半の予定で入室したはずが、気づけば3時間弱が経っていた……去る8月2日、工藤勇一校長にお会いしての感想は、「圧巻」でした。

何が圧巻かと言えば、日本の現状とそれに対する学校教育の役割と問題点を明らかにし、それに対する具体的な手立てを、ご自身の教師としての体験から日々実践されていることが伝わってきたからです。机上の空論と感じるお話はありませんでした。

挨拶もそこそこに取材に入りましたが、最初の「なぜ教育に改革が必要なのか」と工藤校長が口火を切ったプレゼンテーションには、日本の危機を感じずにはいられませんでした。

〔写真=横浜創英中学校・高等学校で話をする工藤勇一校長 本人提供〕

「なんで僕が改革をしなければいけないと思っているか、その理由は初めて教壇に立った二十代の頃からあまり変わっていません」
「学校の役割は、子どもたち一人ひとりをただ伸ばすことではなく、平和な世の中が来ないと本気で思っていたんですよ」
「どうやったら平和が勝ち取れるかというのを学ぶところが学校だと思っていたんですけれど、若手の時はうまく説明することができませんでした。ずっと実践を積み重ねながら、だんだん答えが見つかってきた。それと同時に、日本社会や世界がいまのようにどんどん変化してきて、ますます自律を育む教育が必要だと思うようになったんです」

工藤校長が述べられた日本の大きな課題とは、この30年間、賃金が上がっていない、その現状を全く変えられていないということ。日本企業への新産業への参入は進まず、ITも世界の先進国の中で後れを取っています。この「失われた30年」の問題はよく知られたことで、教育とどういう関係があるのかと思われるでしょう。

しかし、賃金が上がらない理由は、国全体の経済力(購買力)が上がっていない=人口が増えていないことが最たるものであり、かつて世界の時価総額ランキングで、トップ50社のうち10社以上を日本企業が占めていた時代は、人口も順調に伸びていた。したがって、物をつくれば売れる、誰かが成功するビジネスモデルがあればそれを真似することで成功できた時代だったと。

ここからが問題ですが、人口の増加が止まり、購買力が下がったことで、企業は商品を安く売らなくてはいけなくなり、当然労働者の賃金が減って労働環境が悪くなっていく。だから、日本企業においては「高くものを売る」力、つまり自分自身で考え、行動し、付加価値の高い仕事をする能力をつけなくてはならないのに、教育は依然として旧来のままになっているというのです。

工藤校長いわく、「物を考えなくてよかった時代の教育を、子どもたちにしてはいけない」。逆に、ニーズがあるにもかかわらず、不採算になることなどを理由に誰も参入したがらないような仕事にも目を向け、自分たちでアイデアを生み出し、他人とコラボレーションをしてビジネスに変えていくような子どもたちを育てていかなくてはならない――。

〔写真=横浜創英中学校・高等学校で実践されている「リーダー教育」の一コマ 本人提供〕

「いまの飽食の時代、(宿題やテスト、塾通いの機会を)与えられ続けている子どもたちは、もう自分では学びたいと思わなくなっています。だから自己決定・自己選択ができる子供たちをつくらなきゃいけないということだと思います。僕がやろうとしているのは、おかしくなった日本の教育を、本質に戻すことなんです」

工藤校長のプレゼンテーションの冒頭のお話だけで、日本の教育を変え自律した子どもを育てることは、子どもたちの未来、国の未来に関わる根本的に大事な問題なのだと気づかされました。

本誌記事冒頭では、この後、工藤校長が語られた〝日本の教育が失った一番大切なもの〟について紹介しています。

この時代に、学校と教師が求められる教え方

科学技術が目覚ましい発展を遂げ、AIによる戦争が可能になりつつある一方、気候変動やエネルギーの枯渇など、自分の国だけでは解決できない問題が山積する時代に突入しています。

工藤校長はこのような問題に対し、「教育改革のもう一つの役割は、『対立をどう解決するか』です」といいます。

2020年、日本の小中高生の自殺者数は20年に過去最多の499人となり、子どもたちを教え導く立場にある公立学校教職員の精神疾患による病気休職者の数は年間5,000人を超えています。学校で心を病んでしまう人の多さが窺える数字です。

工藤校長はこう言います。「一番の問題は、心の教育です。心の教育が日本をダメにしたと思っています」

道徳の授業やボランティア活動などを、学生時代に経験した方は多いでしょう。心を育むことは大切に違いありませんが、そのどこが問題なのか。続きを伺いました。

文化も価値観も考え方も異なる人が集まるところでは、必ず対立が起こる。それを日本では、例えば学級を『心を一つに』『絆』『一致団結』というスローガンの下に、〝一足飛び〟にまとめようとしてしまう。様々な対立やトラブルを「心の教育」で解決しようとすると、結局は乱暴な教育になってしまうというのです。

「七十にして己の欲する所に従えども矩(のり)を踰(こ)えず」。孔子はそう言ったといいます。孔子のような大人でさえ、70歳になって初めて、自分の心の赴くままに行動して人の道から逸れることはなくなったと言っている。それほど心のコントロールが難しいのが人間なのだから、対立を解決する「対話」を身につけなくてはならない。

これが工藤校長が長年、子どもたちに教え続けてきた「対話」の大切さであり、冒頭で紹介した二十代の新米教師時代からの志(=世界の平和)に繋がる道なのでしょう。

取材を行った工藤校長の現任校(横浜創英中学校・高等学校)の教育目標は〈自律・対話・創造〉だそうです。

本誌2022年10月号 特集「生き方の法則」では、このように「自律」と「対話」を重んじ、生徒と教師そして保護者をも巻き込んで学校を改革してきた軌跡に迫ります。

「一度主体性を失った子どもたちの主体性を取り戻すことは、非常に難しいものです。そのポイントは何かと言えば『自己決定させることができるかどうか』です」

子どもたちの自律する力を引き出してきた具体的な手法と、形作られるまでの苦闘、日本の未来についてのお話を若手時代の写真を交えて体験記の形で紹介しています。

いま学校に通っているお子さんがいる方、教師として現場に立っている方に限らず、教育に少しでも関心のある方には大きな発見や感動があるでしょう。


(本記事は月刊『致知』2022年10月号 特集「生き方の法則」の取材内容をもとに編集したものです)

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◇工藤勇一(くどう・ゆういち)
昭和35年山形県生まれ。東京理科大学卒業。山形県、東京都の公立中学校でそれぞれ教鞭を執り、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長を経て平成26年4月から令和2年3月まで千代田区立麹町中学校長。同年4月より現職。主著に『学校の「当たり前」をやめた。』、編著に『自律と尊重を育む学校』(共に時事通信社)などがある。内閣官房教育再生実行会議委員も務める。 

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