2023年11月09日
2022年7月19日(火)、フィギュアスケート男子日本代表の羽生結弦選手が現役引退・プロ転向を表明されました。
冬季五輪を2連覇するなど、世界の大舞台で目覚ましい活躍を見せてきた羽生選手。なぜ怪我や新型コロナウイルス感染拡大といったマイナス条件に屈することなく、人々に感動を与えることができたのか? 応援団長としてその活躍を見守ってきた松岡修造さんが熱く語ります。
心の声を聴くこと
〈松岡〉
世界で活躍する若手を見ていると、いかに当時の松岡修造という人間が甘かったかを思い知らされます。
当然、本当に駄目な怪我もありますので、大丈夫かどうかを判断できる視座が必須なのは言うまでもありませんが、この心の強さ、精神力を養うための方法論として、僕は〝自分の心の声〟を聴くことが大切だと考えています。
心の声は非常に聴きにくいものです。その練習として、僕は1日最低30分間、瞑想を取り入れていました。そうして雑念を取り払い、心をシンプルにすることで本当の声が聴き分けられるようになるのです。その積み重ねによって、自分をコントロールする力が養われました。
また、真っ白い紙に考えを書き出すことも一案です。昔はよく日記に自分の思いを書き出し、見返していましたが、最近は白い紙に「いま何が足りないのか」「何をすべきか」などを書き出しています。
時間にすれば僅か1日10分ほどですが、心の声を言葉にして書き出すことで、思考力や決断力、発想力が磨かれ、「なんとなく」の言動がなくなります。これは人に見せるためのものではなく、完全に自分自身との対話であり、いまでも継続して行っています。
羽生結弦選手の失敗と成功
今回、失敗をテーマにお話ししてきましたが、僕がここで一番強調したいのは、「一か八かの勝負はしない」ということなのです。
きちんと計画を立ててシミュレーションをし、「できる」と確信を持った上での失敗はものすごく前向きで、必要な失敗です。
先の北京冬季五輪のフィギュアスケート・羽生結弦選手を例に挙げると、五輪の舞台での4回転半ジャンプは国際試合で初めて認定されたものの、転倒したため羽生さん本人にとっては失敗です。絶対王者として前人未到のジャンプに挑んだ羽生さんだからこそ、あの挑戦を失敗だったと言い切れる強さがありました。
しかし、僕をはじめ世間から見ればあの挑戦は失敗どころか、大成功です。何が成功かといえば、それまでの過程です。
「勝ち」にこだわるのであれば、4回転半ジャンプは挑戦しないほうがよい高度な技でした。加えて、怪我やコロナ、コーチ不在など途中いくらでも諦める要素はあったにも拘(かかわ)らず、羽生さんは自ら挑戦すると決め、自ら実践された。その力強さが多くの人に感動や勇気を与えたのです。
僕が冒頭にお伝えした世界で戦うための3つのポイント「基本を徹底する、自分の武器を持つ、人と同じことをしない」を見事体現しているだけでなく、飛び抜けてこれら3つの才能を磨いた人、それが羽生結弦さんでした。
僕はいま、ジュニア選手を指導する際には「失敗を怖がる必要はない」とよく声を掛けています。また、「うまくいっていない時に、どう乗り切るか」の大切さも伝えています。
順境の時は誰でも頑張れますが、苦しくなり、失敗が続いている時にどう行動するか。それが真のチャンピオンになれるかどうかの分かれ道です。
この踏ん張りどころで踏ん張れる力を鍛えるためには、様々な失敗を乗り越えていく以外に道はありません。
ですから、難しいようですが、失敗を一口にマイナスと受け止めずに、前向きに考えていただきたい。失敗の経験こそが人生の糧(かて)になり、後に成功へと繋がる。自分の強さだけでなく、弱さを受け入れられるようになれば、それは必ず自信に繋がります。
(月刊『致知』2022年7月号 連載「二十代をどう生きるか」より一部を抜粋・編集したものです)
◉〈掲載情報〉
人気連載「二十代をどう生きるか」に松岡修造さんが登場! 失敗だらけだったという自身の二十代を振り返りながら、そこから世界で活躍できるようになるまでの「失敗力」の磨き方について、羽生結弦選手の例を交えて熱くお話しいただきました。
本記事は致知電子版でお読みいただけます。記事はこちら