2024年11月07日
アウトドア用品のメーカーとして国内最大規模を誇るモンベル。創業者の辰野 勇氏は1975年、28歳の時、資本金ゼロでこの事業を始めました。47年を経た現在、グループ全体で800億円以上の売り上げを計上するまでに成長を遂げています。常に時代の先を読み、様々なアイデアで道をひらいてきた辰野氏にその挑戦と創造の歩みを伺いました。[写真はスイスのアイガー北壁を登攀する辰野氏(1969年、21歳)。当時史上最年少で日本人2人目の快挙を果たした]
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早くから 海外展開をした理由
――起業まではどのように進むのですか。
〈辰野〉
名古屋のスポーツ用品店に勤めた後、今度は大阪の登山専門店で働きながらアイガーとマッターホルンの登攀を目指しました。ちょうどその頃、結婚したのですが、新婚旅行から帰って二日目、社長のご子息と喧嘩になって会社を辞めちゃった。
これからどうやって食べていこうかと思っていた時に、お店によく来られていた商社マンの方が「うちに来ないか」と誘ってくださったんです。商社に入って驚いたのは、それまで見たことのないような繊維の数々です。防弾チョッキに使用される強靱なケブラー、火をつけても燃えないノーメックス……その一つひとつが僕には衝撃でした。
当初、僕は「28歳までには独立しよう」と考えていて、登山用品店の一角に喫茶ルームを設けて登山仲間とワイワイやりながら仕事をすることをイメージしていたんです。ところが見たこともない高機能な素材と出合って「これを使ったらもっと快適な登山用具がつくれるのではないか」と。それで1975年、28歳の誕生日に、一人、資本金ゼロでモンベルを立ち上げたんです。そのうちに山の仲間が一人、二人と事業を手伝ってくれるようになりました。
市場のトレンドに囚われることなく、自分たちがほしいと思うものだけをつくる。この姿勢は創業から今日まで変わっていません。
――何から手掛けられたのですか。
〈辰野〉
まずは会社を維持していかなくてはいけませんから、大手スーパーの依頼でショッピングバッグをつくるところからのスタートでした。これが一億円以上売れてまとまった資金を確保できました。それで一年後に開発したのがオリジナルの寝袋です。ダクロンホロフィルという新素材を使って、それまでにない軽くてコンパクト、しかも保温性の高い商品に仕上げ、登山家の間でたちまち人気を博しました。僕が登山家だからこそ、このようなアイデアが閃いたのだと思います。
――早くから海外展開をしていかれたと聞いています。
〈辰野〉
はい。僕たちのような商売は企業の活力を保つ上で平均年齢を若く保つことが必要ですが、毎年若い人を迎え入れる上では否が応でも会社の規模を拡大しなくてはいけません。当時、国内での登山用品の市場は500億円。僕は創業から30年後、58歳の時にはその20%の100億円を売り上げる会社にしたいと考えました。
ところが、日本の市場が伸び悩むこともあり得ます。それなら海外でのビジネスで補完できるのではないかと思い、僕は創業3年目、単身、ヨーロッパに渡って飛び込みセールスを始めたんです。
最初に訪問したのは、ヨーロッパ最大の老舗登山用品専門店スポーツ・シュースターでした。アポもなく飛び込んだのですが、この時会ってくれたのが伝説の登山家ヘルマン・ブールと共にヒマラヤのナンガパルバット登山隊に参加した人で、僕がアイガー北壁を登ったことを伝えると、すぐに胸襟を開いてくれたんです。
帰国して4か月ほど経って、スポーツ・シュースターから手紙が届き、そこには寝袋や防寒衣料などの注文書が入っていました。歴史あるスポーツ・シュースターにモンベルの商品が並ぶのは、この上ない喜びでしたね。
――先を読んだ事業展開が実を結んだのですね。
〈辰野〉
登山家というのは恐がりなんです。「雨が降ったらどうしよう、風が吹いたらどうしよう」と常に心配している。このリスクマネジメントが事業でも生きたということだと思います。
(本記事は月刊『致知』2022年5月号 特集「挑戦と創造」より一部を抜粋・編集したものです)
『致知』特集「挑戦と創造」には、モンベル創業者・会長の辰野 勇氏がご登場。2019年に71歳でアイガー北壁・マッターホルン北壁の登頂に登頂されたお話には驚くと共に、年齢を重ねても挑戦心を絶えず持たれているお姿に感動しました。
登山家の氏ならではのアイデアで次々と決断をされ、モンベルをアウトドア用品の国内トップメーカーに育てられたその歩みは、まさに「挑戦と創造」の連続でした。
◇辰野 勇(たつの・いさむ)
昭和22年大阪府生まれ。44年アイガー北壁日本人第二登(当時世界最年少)を達成。登山用品店、商社勤務を経て50年登山用品メーカー・モンベル設立。平成19年に代表取締役会長兼CEOに就任。野外教育や災害支援の分野でも活動。著書に『モンベルの原点、山の美学』(平凡社)『モンベル7つの決断』(ヤマケイ新書)など。