「慢心したらプロではない」──世界中のVIPが信頼を寄せる通訳者・長井鞠子が説く〝プロの条件〟

歴代首相をはじめ、数多くのVIPが絶大な信頼を寄せる通訳者・長井鞠子さん。日本における女性会議通訳者の草分けとして、約半世紀もの間日本の外交の第一線に立ち続けている長井さんに、世界で活躍するプロフェッショナルの条件についてお伺いしました。

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同時通訳とは真剣勝負であり、格闘技

──サミット(主要国首脳会議)や貿易交渉といった国際会議をはじめ、年間約200件もの会議通訳を務められているそうですね。

〈長井〉
私はいちいち数えていないから分かりませんけど(笑)、実際はそのくらいのようです。

ただ、5日間に及ぶ会議でも一件ですし、30分の仕事でも一件ですから、200件と言われると少ないように感じるんですよ。気持ちとしては年中、365日動いている。土日祝に仕事が入ることもありますし、休みの日に次の仕事の準備をしたりもしますからね。

通訳の対象は森羅万象で、その二百件の中には閣僚協議から民間企業の買収交渉、医学や宗教などに関する専門的な学会、大家さんと店子の争いまで、ありとあらゆるものが含まれています。最近では2020年の夏季オリンピック・パラリンピックの招致活動もいたしました。

また、会議通訳にもいろいろと種類がありますが、とりわけ集中力と瞬発力が求められるのが同時通訳です。会議場内に設けられたブースに入って、イヤホンを通じて耳に入ってくる発言者の言葉を一言一句正確に聴いて、理解して、分析して、翻訳して、発声する。それを1~2秒の間に行うんです。

その時、その場で発言されたものに対して、瞬間的にスパッと答え続けるという意味では、まさに真剣勝負であり、格闘技だと思っています。

──聞くだけでその凄まじい切迫感が伝わってきます。

〈長井〉
人間は言葉を通じてコミュニケーションをする存在ですよね。自分が言いたいことは相手に伝えたいし、相手が言っていることは聞きたい。しかし、それが言葉の壁があるためにできない状況があります。その時に、私が人と人を繋ぐ橋渡し役をできたらいいなと。

発言者が思っていることは、絶対に正しい言葉で細大漏らさず伝えたい。常にそういう思いで目の前の仕事に向き合っています。

慢心せずに努力し続ける それがプロ

──同時通訳の第一人者となられたいまもなお、技術を高めるために努力されている。長井さんを突き動かすものは何ですか。

〈長井〉
それは一番いい通訳をしたいということに終わりがないってことですよ。

私は仕事を終えるたびに、「もうちょっと違う言い方があったのにな」という思いを抱くんです。いまでもパーフェクトな通訳だったと思ったことは一回もありません。

98点かなという日はあるけれども、100点はないですよ。絶対どこかに何か改善の余地があるんですね。

──ああ、100点はないと。

〈長井〉
やっぱり慢心したら終わりだと思います。手綱は緩めない。

これで自分は極めたな、トップに立ったなと思ったら、それで終わりです。そういう人はプロではありません。プロは常に常に努力し続けている。

とりわけ同時通訳では「あっ、いまの訳は違います」なんて撤回はできない。一度声に出したら出っぱなしでもう絶対に引き戻せないんですよ。そういった意味で、真剣勝負なんです。

一瞬、一瞬が生きるか、討ち死にするかの正念場なんです。ですから、一刹那正念場というのはまさに同時通訳の仕事そのものだなと思います。


(本記事は月刊『致知』2014年8月号 特集「一刹那正念場」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇長井鞠子(ながい・まりこ)
昭和18年宮城県生まれ。42年国際基督教大学卒業後、サイマル・インターナショナルの通訳者となる。以降、日本における会議通訳者の草分け的存在として、主要国首脳会議をはじめとする数々の国際会議やシンポジウムの同時通訳を担当。著書に『伝える極意』(集英社)。

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