凋落する日本の読解力——日本の教育をいかに立て直すか【野口芳宏×榎本博明】

深刻化する学力低下、若者の読書離れ、教育現場の荒廃など、日本の教育は様々な難題・課題を抱えています。実際、国際学力調査では、特に日本の読解力の低下の危機が指摘されています。教育現場の驚くべき実態を交え、日本の教育問題の本質を「授業道場 野口塾」主宰・野口芳宏さんと心理学博士の榎本博明さんに語り合っていただきました。

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鍛える教育を取り戻す

〈榎本〉
多くの方に知っていただきたいのが日本の子供たちの読解力の低下です。

〈野口〉
これも深刻な問題ですね。

〈榎本〉
2019年に公表されたOECD(経済協力開発機構)の国際的な学習到達度調査(PISA)で、日本の読解力は前回の8位から15位に大きく順位を落としました。

また、いまの中学生の半数は教科書の日本語が正確に読めないという調査結果もあります。教科書が読めないということは、先生が言っている内容も理解できてないということです。最近小学生の暴力が急増していますが、それも先生の言っていることが理解できず、ストレスになっているからではないかと私は思います。

〈野口〉
そうかもしれませんね。

〈榎本〉
ではなぜ日本の子供たちの読解力が低下しているかというと、要因の一つには、読書しない若い世代が増えていることがあります。1日の読書時間がゼロの学生は、1980年代は10%くらいでしたが、90年代から2000年代にかけて20%を超えるようになって、数年前の調査ではそれが50%まで高まり、日本中に衝撃が走りました。

私も1980年代から、比較的読みやすい内容の本をいくつか課題図書に選んでレポート課題を出していたんですが、最近ではそれすら読めない学生が増えてきたんです。レポートに関しても、課題図書を読まずネットの情報を切り貼りしているのがすぐ分かるんですよ。「ですます調」だったのが、途中で「である調」に変わったり、もうちょっとうまくやればいいのにと(笑)。

これはもう無理だと諦めて、数年前から課題図書のレポートは廃止し、通学時間だけでもちょっと本を開いてみようとか、図書館で30分だけでも本を開いてみようとか、読書指導をしているのですが、それでも挫折しましたと言ってくる学生がいるんです。

大学でここまでやらないといけない時代が来るとは思ってもみませんでした。

〈野口〉
本当に由々しき状況です。

〈榎本〉
また、そういう状況にも拘らず、いま国語の教科書から小説や評論文を減らし、契約書や自治体の通知などの実用文を取り入れようという動きがあるんですね。要するに、国語を「文学国語」と「論理国語」に分けるというのです。私は随分それに反対意見を言ってきたんですが、来年度の高校の教科書から導入されることが既に決まってしまいました。

せめて実用文をしっかり読めるようにして子供たちを社会に出してやりたいという現場の先生の声ももちろん理解できるし、やむを得ないところもある。しかし実用文が主流になれば、小説の奥深い感情表現や情景描写を味わったり、教養に裏打ちされた評論の論理構成を理解し、そこに込められた思いを汲み取る力がなくなっていき、さらに読解力は低下していくだろうと思うんです。

〈野口〉
高校の国語の授業で契約書を読ませるなんていうのは全くの愚策です。語彙や表現の豊かな小説や評論文を読む機会が減れば、さらに読解力は低下していくでしょうね。

私は国語教育が専門ですが、小学校の教科書についていえば、とにかく内容が易しすぎます。端的に言えば、もっと漢字をたくさん使った骨のある文章をどんどん読ませないといけないというのが私の考えです。

幼児向けの『漢字絵本』を出している出版社とご縁があるのですが、幼児でも教えれば普通に漢字は読めるんですよ。家の表札の漢字だって、子供は学校に上がる前から自然に読めるようになっているじゃないですか。

それに、日本語は漢字で書かないと言葉の本当の意味が分からなくなりますし、漢字のほうがイメージも湧くんですね。例えば、「芽や根」を「めやね」と書いたら何のことか分かりませんよ。こういうところにも、読解力の低下の原因がある。

ですから、学習負担の軽減なんてよく言われますが、学習負担は大きくなくちゃだめです。大きいから学ぶ努力が必要になるし、ますます先生に教わらなくちゃいけない。そうすると、努力する楽しさ、教わるありがたさも分かるようになるんです。その点、今度、致知出版社から出る齋藤孝先生の『小学国語教科書』は分厚くて本当に素晴らしい。

また、私は総ルビには反対です。ルビを振るなら右ではなく左ルビがいい。なぜなら、右ルビにすると、漢字より先にルビが読めてしまうからです。左ルビであれば先に漢字が目に入ってきますから、文字に対する見え方もだいぶ違ってくるはずなんです。

〈榎本〉
いま大人の本でも、どんどん漢字をひらがなにしていますよね。私の本でも校正が戻ってくると、小学生でも読める漢字がひらがなにしてある。ルビもたくさんふってあるし、これはいくらなんでもやりすぎだろうと。そして、そういう本の文章が学校の教科書に採用されていくことになれば、より一層子供たちの読解力、学力の低下に拍車がかかります。

もっと子供たち、学生たちに本を読む意義を伝え、彼ら彼女らの国語力を鍛える教育に転換していかなくてはなりません。


(本記事は月刊『致知』2022年2月号 特集「百万の典経 日下の燈」より一部を抜粋・編集したものです)

『致知』2022年2月号では、野口氏と榎本氏に日本が直面する教育問題、教育の危機の本質、その具体的処方箋を語り合っていただいています。日本の教育再生のヒントが満載です。ぜひご覧ください。(致知電子版)

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◇野口芳宏(のぐち・よしひろ)
昭和11年千葉県生まれ。33年千葉大学教育学部を卒業後、国・公立小学校の教諭に。平成4年校長に就任。8年定年退職し、北海道教育大学教授に。13年退官。現在は植草学園大学名誉教授を務める傍ら「授業道場 野口塾」を主宰し、現役教師の指導に取り組む。著書に『教師の心に響く55の名言』(学陽書房)『授業づくりの教科書道徳授業の教科書』(さくら社)『名著復刻 授業で鍛える』(明治図書出版)など多数。

◇榎本博明(えのもと・ひろあき)
昭和30年東京都生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授等を経て、現在MP人間科学研究所代表。著書に『伸びる子どもは〇〇がすごい』(日経プレミアムシリーズ)『教育現場は困ってる薄っぺらな大人をつくる実学志向』(平凡社新書)など多数。

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