7,000人の小児を救ってきた名医が明かす「仕事を愉しむ」技術(高橋幸宏×横田南嶺)

先般、致知出版社より『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』を上梓した高橋幸宏さん(榊原記念病院副院長)。同病院の創設者・榊原仟(しげる)医師が貫いた「決して依頼患者を断らない」という信条を受け継ぎ、心臓外科医として40年間で書名通り多くの子供の命を救ってこられました。なぜ、これほどの仕事が可能になるのか? 若き日より仏道修行一筋に歩み、同書に感動したという横田南嶺さん(臨済宗円覚寺派管長)との談義をお届けします。

自分を「騙す」、後輩を「騙す」

〈横田〉
きょうは高橋先生にお聞きしたいことがいろいろありまして、一つは、この本の中に「緊張しない訓練」という言葉が出てまいりました。

例えば62頁に「若手外科医からは〝手が動かないほど緊張した〟という言葉もよく聞きます。しかしそれは緊張しない訓練ができていない証拠です。執刀医は必要以上に緊張してはいけません。起こっていないことにビクビクする必要もありません」と。

私なんかはもういまだにダメなんです。きょうも先生と対談するということで、朝から緊張でどうしようもない(笑)。ただ、先生と私の一番大きな違いは何か。それは私の仕事は命に別状はないということです。ですから、緊張してもいいやって開き直っているんですけれども(笑)、この「緊張しない訓練」というのは何か具体的にあるのですか?

〈高橋〉
これは何か効果的な方法があるわけではないんです。若い研修医が手術に慣れるまでの時間をいかに短くするか、そこは先輩の仕事だと思っています。

もちろん最初に執刀する手術はもう毛穴が開くくらい緊張します。いわゆる鳥肌が立つ以上の状態です。僕もそういう経験がありますし、誰でも最初はそうなんですね。だから緊張するだけさせておけばいい。

ただ、少なくとも患者さんやご家族の前では緊張する態度を見せてはいけないし、大事なのは手術室で取り返しのつかない失敗をさせないように、チームでケアすること。

若い研修医がやる手術は難しい症例ではありませんので、周りが助け舟を出したり文句を言ったりしながら、スムーズに終わらせてあげる。そういうことを繰り返しやっていくと、「大丈夫だ」という感覚が出てきて、緊張することが馬鹿馬鹿しくなる、緊張するだけ無駄なんだってことを段々と覚えていくんです。

〈横田〉
周りの人の協力が欠かせないということですね。

〈高橋〉
はい。よい意味で騙すといいますか、チームとして愉しんで手術をやっている雰囲気をつくることが大事だと思います。

高橋さんの著書『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』

まずは自分の仕事に〝入れ込む〟

〈横田〉
別の箇所に「上司はどんなに苦労しているとしても、嘘でもいいから部下には愉しそうに働いている演技をすることも大切です」「できるならば手術チーム各員が少しでも愉しく、ニコニコしながら子供たちを救うことができれば、こんなに幸福なことはないだろうといつも考えています」という表現もございましたね。

〈高橋〉
あまり難しい顔をして人に接したくはないんです。なかなか難しいことも多いですけど、僕らが愉しくなければ生まれたばかりの赤ん坊や小さい子供の命は繋がらないような気がします。

〈横田〉
もう一つ、この本を読んで疑問に感じたのは「入れ込まない」ということ。「次世代を担う後輩外科医と自分を比較して絶対に負けないと思うことは、この〝入れ込まない〟という感覚と経験値の差です」と175頁にあります。これはどういう感覚なのですか?

〈高橋〉
僕が若い時は、何とかこの手術を百点で仕上げようと常に心掛けていました。手技的なこともそうですし、侵襲(ダメージ)をいかに少なくするか、術後についている人工呼吸器をいかに早く取れるか、いかに早く退院できるか。

ですから手術が無事に終わるだけではなく、トータルでそういう流れをつくれることが一つのポイントで、とにかくそれを一所懸命やろうとしていたんですよ。それゆえ、周りの人にかなり嫌われた時もありました。

ただ、そうやって一所懸命入れ込んでやっても、70点や80点にしかならない。ところが、ある程度年を取ってくると、しゃかりきにならなくてもすんなり百点で流れるんですよね。

〈横田〉
何か精神的な余裕があるというか。

〈高橋〉
ええ、そんな感じかもしれません。

〈横田〉
入れ込んでいると周りが見えなくなることがある。入れ込まないというのはその分全体の様子がよく見えるということに繋がりますか?

〈高橋〉
おっしゃる通りです。しかし逆にいまの若い人たちは先輩の看護師や技師が全部助けてくれますので、入れ込むっていう気持ちがない。そこは少し気に入らないところではあります(笑)。もっと頑張れよって。

〈横田〉
なるほど。お話を伺っていると、一所懸命に入れ込んできたという体験があるから、入れ込まないという境地に至れるわけで、最初から入れ込まないのでは話にならない。

〈高橋〉
そうです。だから先輩があまりお膳立てし過ぎるのもよくない可能性がありますね。


(本記事は月刊『致知』2021年2月号 特集「自靖自献」より一部を抜粋・編集したものです)

◎高橋さんも、弊誌『致知』をご愛読いただいています。創刊45周年を祝しお寄せいただいた推薦コメントはこちら↓↓◎

小児心臓外科は、教える方も教わる方も多分に心を使い、苦悩を抱え込みやすい学問といえます。従いまして、手術チームにはお互いを緩和する想いと言葉が不可欠、例えば、朝気持ちよく床を離れることができるとでもいいましょうか、そんな当たり前のことから皆の一
日が始まることが大切と思うのです。

改めてのこの思いは、ここ数年お付き合いさせて頂いている雑誌『致知』によって深まり、還暦後の私の手術のありようを大きく変化させたのであります。創刊45周年、誠におめでとうございます。

◇高橋幸宏(たかはし・ゆきひろ)
昭和31年宮崎県生まれ。熊本大学医学部卒業後、心臓外科の世界的権威と呼ばれた榊原仟氏が設立した榊原記念病院への入職を希望するも、新米はいらないと断られ、熊本の日赤病院で2年間初期研修。58年榊原記念病院に研修医として採用。年間約300例もの心臓血管手術を行い、35年間で7000人以上の子供たちの命を救ってきた。手術成功率は実に98・7%に及ぶ。平成15年心臓血管外科主任部長、18年副院長就任。医学博士。著書に『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』(致知出版社)など。

◇横田南嶺(よこた・なんれい)
昭和39年和歌山県新宮市生まれ。62年筑波大学卒業。在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。平成3年円覚寺僧堂で修行。11年円覚寺僧堂師家。22年臨済宗円覚寺派管長に就任。29年12月花園大学総長に就任。著書に『人生を照らす禅の言葉』『禅が教える人生の大道』『命ある限り歩き続ける』(五木寛之氏との共著)など多数。最新刊に『十牛図に学ぶ』(いずれも致知出版社)。

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