ボディケアセラピストからプロの画家へ —— 滝沢彩輝さんの人生を変えた徳山暉純氏の言葉

人生の師・徳山先生と共に

現在、プロの画家として個展の開催や子供たちの絵の指導に取り組んでいる滝沢彩輝さん〈写真右〉。しかし、もともと滝沢さんは、美術系の短期大学に通っていたものの、卒業後はボディケアセラピストとして活躍していました。絵を本格的に描き始めたのは、29歳頃からだったといいます。そのきっかけとなった師・徳山暉純氏の教え、二足の草鞋を履いての努力の日々、絵に込めた思いを語っていただきました。

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原点となった父母の教え

〈滝沢〉

画家としての原点を振り返った時、いつも心に浮かんでくるのは、厳しくも実直な父の背中と深い愛情で私を見守ってくれた母の存在です。

大工だった父は、仕事が始まる2時間前には現場に出て掃除をし、家に帰ってくると「反省日記」をつけるのを習慣にしていました。仕事が休みの日には、地元・秋田の豊かな自然の中によく遊びに連れ出してくれたのですが、これが私の五感、感受性を養ってくれたように思います。

一方、専業主婦の母は、毎日家族と対話することをとても大切にしていました。私が幼い頃、小鳥や昆虫、お花など、一緒に散歩をしながら見たり聴いたりしたことを言葉にして伝え、自由に絵に描いて表現すると、母はすごく喜んでくれました。絵を描く度に「すごいわね!」と、嬉しそうに台所に貼ってくれたのはいまも忘れられません。

その母の笑顔、自分が自由に表現したものに対して喜んでもらえたという体験が、絵を描くことへの興味・関心を一層深めてくれたのです。

小中高と学校に通いながら趣味で絵を描き続け、地元の美術系の短期大学に進学。短期大学在学中は美術史を学び、絵に詩や言葉をつけてポストカードをつくるなど創作活動に楽しく取り組みました。

ところが、卒業後、上京して出合った、ボディケアセラピストの仕事に魅せられ、次第に絵に対する情熱は薄れていったのです。そして20代半ばには、絵を描くことはほとんどなくなっていました。

神楽坂・赤城神社に展示されている作品「夢彩魚」の前で

絵を通じて日本中を幸せでいっぱいに

〈滝沢〉

そんな私に大きな転機が訪れたのは2013年、ボディケアセラピストの仕事を始めて5年ほど経った29歳の時でした。当時、私は店長などの管理職になり、様々な仕事上の悩みを抱えていたのですが、お客様から教育家・美術家の徳山暉純先生の塾をご紹介いただいたのです。

何かヒントが見つかるかもしれない─そう興味を持って徳山先生の講義を聴きに行ったところ、お目にかかった瞬間、「自分はこの方に一生学ぶんだ」と不思議なインスピレーションを感じ、その場で入塾を決めました。入塾の際には、印象に残る挨拶をしようと、学生時代に描いた絵を片手に、「昔は絵を描くこと、創作することが好きでした」と自己紹介しました。

その3日後のこと。徳山先生が私の職場にまでいらっしゃり、施術を受けた後にこう声を掛けてくださったのです。

「あなたは感受性が豊かだから、絵を描いたらいい」

徳山先生のひと言がきっかけとなり、私は再び絵を描き始めました。といっても、ボディケアセラピストの仕事は、店舗の運営面まで含め、毎日朝早くから深夜まであり、絵を描く時間をつくるのは容易ではなく、また、しばらく絵を離れていたためか、最初の頃は真っ白な紙を目の前にしても全く何も描けません。

それでも、徳山先生はちょうどいいタイミングで電話やメールをくださり、「天命を見つけなさい」と温かく励まし続けてくださいました。それで描ける、描けないに関係なく、「どんなに夜遅くても、毎日必ず1時間は絵を描く」と決心し、努力し続けました。

そうした生活を3か月ほど続け、ようやく以前のように絵が描けるようになってきた頃、徳山先生に勧められたのが、塾生たちの作品を展示する「夢の文化祭」への出展です。「夢の文化祭に出展すれば、プロになれる」と励まされた私は、その先生の言葉を素直に信じ、「この文化祭で5年連続金賞を取れば自分の絵に自信が持てる」と、休日には何時間もかけて作品を制作するようになりました。

また、徳山先生は日本の歴史や精神的な世界についても教えてくださり、〝絵画を通して彩りの世界を創造する〟という夢、ビジョンを一緒に考えてくださいました。

徳山先生に教えを受ける中で眠っていた感性が刺激されたのでしょう。ある日、夢の中にきらきら光り輝く魚が現れました。その後も、輝く魚が幸せを運び、人々の願いを叶えてくれる不思議な夢を繰り返し見るようになりました。それで私はその魚を「夢彩魚」と呼び、絵で表現するようになったのです。

夢に現れる夢彩魚は何を意味しているのだろう─その答えは、神社仏閣巡りで見た仏画にありました。仏画に表現された極楽浄土、すべての命が調和した世界に触れた時、「ああ、この調和の世界を夢彩魚という現代風の表現で伝えていくのが私の使命、天命なんだ」と思い至ったのです。

以後絵に対する思いはますます高まり、夢の文化祭では五年連続金賞をいただき、2018年に初めて個展を開催。そして今年三月に、ボディケアセラピストの仕事を退職して画家として独立し、2023三年には上野の森美術館で絵画個展が決まりました。また、ご縁のあった認可保育園・天才キッズクラブ(神奈川)では、子供たちに絵を教える活動にも取り組んでいます。無邪気な子供たちに接すると、夢中で絵を描いていた自分の幼い日のことを思い出し、刺激をいただいています。

天才キッズクラブの田中孝太郎理事長と

「すべては夢見ることから始まる」。これは私が大事にしているウォルト・ディズニーの言葉です。私も絵画を通して彩りの世界を創造するという夢を持ち、諦めずに努力し続けたことで、徳山先生をはじめ、多くの方に励ましていただき、画家という天命を見出すことができました。

これからも画業を通して、自分を信じて歩み続ければ夢は必ず叶うこと、そして人々に癒やしと元気をお届けし、日本中を幸せでいっぱいにしたい。それが私の願いです。


(本記事は月刊『致知』2021年11月号「致知随想」より一部抜粋・編集したものです)

◇滝沢彩輝(たきさわ・さいき)=画家

 

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