両腕なきゴスペルシンガー、レーナ・マリアさんが見出した幸せの光

連日熱戦が繰り広げられている東京パラリンピック。今回は、1998年の長野パラリンピック開会式にてテーマソングの歌手を努め、世界中の人々に感動を与えたレーナ・マリアさんのインタビューをご紹介します。出生時から両腕がなく、左足も右足の半分の長さという障碍(しょうがい)がありながら、ソウルパラリンピック水泳3種目で入賞を遂げ、現在はゴスペルシンガーとして活躍されているレーナさん。常に自らの人生に光を見出し歩み続けた彼女に、その強さの原動力となった「愛」について語っていただきました。

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障碍者ではなく一人の娘として

──生まれつき両腕がなく、左足が右足の半分という重度の障碍があることに対して、物心がついた頃からどのように感じられていましたか。

〈レーナ〉

少し不便だなと思うことはありますが、悲しんだり落ち込んだりしたことは一度もありません。スウェーデンでは障碍がある子供も健常者と同じ学校に通い、普通の生活をしています。なので、ハンディキャップを持って生まれてきても私自身は大きな問題として捉えていませんでした。

ただ、それは両親が私を障碍者レーナ・マリアとして育てず、一人の娘レーナ・マリアとして育ててくれたことが大きかったと思います。手がないので、それに代わって足を使ったり口を使ったりして、自分のことは自分でできるよう導いてくれました。そして、ハンディキャップを持っていることは決してネガティブなことではないんだと。他人と違うことは否定的なことではなく、それを活かして生きていくことを教わりました。

ですから、物心ついた頃から私もハンディキャップがあるからといって甘やかされることが嫌いでしたね。

そういう両親の元に育ったので、私はずっと自分を認めて、ありのままの自分で、自分らしく生きてきたように思います。

──学校へ進んだ後も、それは変わりませんでしたか。例えばいじめに遭(あ)ったり、からかわれて辛(つら)い思いをしたことは?

〈レーナ〉

いいえ、楽しい思い出がいっぱいです。学校ではハンディキャップのある子供は私一人でした。クラスでは誰でもからかわれたり、違うところを指摘されたりして、私だけが特別だったわけではありません。

スウェーデンでは、ハンディキャップがある人には必要があれば生後すぐにヘルパーが一人つきます。私もヘルパーとずっと一緒でしたから、学校生活でできずに困ったことも特にありませんでした。

希望の光はできることの中に

──これまでの人生で心無いことを言われて心が折れてしまったり、絶望してしまうようなことはなかったのですか。

〈レーナ〉

ハンディキャップのことで? それはないですね。もっとも、それは自分の態度によるところが大きいと思います。

中学生時代、同級生に「おい、一本足、元気そうじゃないか」と言われた時、「ありがとう、二本足、あなたも元気そうね」と答えたことがありますが(笑)、例えば自己憐憫(れんびん)にあったり、人を羨(うらや)んだり、自分に自信がなかったりすると、誰かの一言に傷ついて人生は辛くなるのではないでしょうか。

ただ、私も一人の人間として乗り越えられないと思うような悲しみ、困難に遭遇したことはあります。若い頃は生きていくことは簡単だと思っていましたが、どうやらそうではないようですね。

人間はみんな弱い存在です。辛い出来事があれば自分を小さく、弱く感じたり、足りなく感じることって誰にでもあると思います。

その時、家族や友人、そして神様など周りから愛されていると感じることで、私は強くなることができます。人間は自分一人で強くなることはできません。もしも私が強い人間だと思う人がいるなら、それは私の周囲の人の愛が私を幸せにしてくれているからです。

──ハンディキャップとともに歩んでこられたご自身の半生から、誰もが絶望してしまうような状況であっても、そこから希望の光を見出すために大切なことはなんだと思われますか。

〈レーナ〉

大事なことが二つあると思います。

一つはまず愛されていることを感じてください。そのことによって勇気を持ち、強くなることができます。

二つ目は人生の中で意味のあることをする、ということです。例えばつまらなそうに見える仕事でも、あなたが活路を開くためには大切な仕事かもしれません。

そして自分のことばかりにこだわっていたらたぶん人生はつまらなくなります。誰かを助けたり、配慮したり、愛や未来への希望を与えたり、役に立つということも、生きる上では大切なことです。例えば、家族や友達、近所の人に微笑みかけるだけでも、幸せにすることはできます。

考えてみてください。もしも私が自分のできないことばかりに目を向けていたら、私の人生はとてもつまらないものになっていると思います。いま自分が人のためにできることに目を向ける。それは小さなことでもいいのです。

そうやってお互いに励まし合ったり、配慮し合うことで、最上の幸福や勇気を得ることができます。そこから新しい希望が見つかるのではないでしょうか。


(本記事は月刊『致知』2013年12月号のインタビュー「神様は私に手の代わりに心の中に豊かさを与えた」より一部を抜粋・編集したものです)【登場者紹介】

Lena Maria(レーナ・マリア)

1968年スウェーデン生まれ。3歳の頃から水泳教室に通い、18歳の時、障碍者の世界水泳選手権にスウェーデン代表として出場。多くの選手権にて数々のメダルを獲得し、1988年のソウル・パラリンピックにおいても好成績を収めた。音楽においては、高校の音楽専攻科からストックホルム音楽大学にて声楽を学び、卒業後、ゴスペルシンガーとして音楽活動を展開している。

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