新型コロナウイルスの出現はサムシング・グレートからのメッセージ(村上和雄)

世界中に感染が拡大し、多くの死者・重症者を出している新型コロナウイルス。今年4月に逝去された遺伝子工学の第一人者・村上和雄先生は、このウイルス禍をどのように捉えていたのか。長らく月刊『致知』に寄稿してくださった貴重なお話のうち、私たちが歩むべき道とはどんなものかを示された村上先生ならではの提言をご紹介します。

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新型コロナウイルスの“戦略”

〈村上〉
新型コロナウイルスは同じコロナウイルスのSARSやMERSと違い、感染した100%の人間が発症するのではなく、感染しているけれど発症しないヒトが存在し、より多くのヒトに感染を広げる戦略をとっている厄介な賢いウイルスです。ウイルスが100%宿主を死亡させてしまうような戦略をとれば、自らも存続できないのですから。

厄介なのはそれだけではありません。新型コロナウイルスはRNAウイルスです。自らの遺伝情報をDNAではなくRNAとして書き込んでいます。DNAウイルスよりはるかに分裂が速く、DNAウイルスよりも安定性が弱く変異も起こしやすいのです。つまり、新たな宿主に感染するたびに変異する可能性が高いといえます。

現在、武漢で発症したウイルスとヨーロッパで発症しているウイルスはゲノムの変異が起こっていることが証明されています。

より多くのヒトに感染が起これば起こるほど変異は増えます。その変異が弱毒化の方向か、強毒化の方向なのか、ウイルスの戦略は不明のままです。

一方、このウイルスは肺の肺胞細胞に感染します。肺は呼吸という生命活動には欠かせない臓器です。肺胞細胞はタバコや環境汚染物質によってもじわじわと壊されてしまいます。死んだ肺胞は復活しません。私たちは自らこの肺に負担をかけるべく地球や身体を汚してきてはいないでしょうか。

感染症対策として、私たち人類は盾(ワクチン)と矛(抗生剤・抗ウイルス剤)で闘ってきました。もちろん重症化しやすいご高齢者や基礎疾患がある方にはワクチンが必要ですし、重症化した患者には抗ウイルス剤が必要です。

しかし、考えてみませんか。私たち人間がこの地球で存続するために、地球環境を綺麗にすることで肺を守ること(肺胞細胞が生きやすくなること)、免疫力を強化し、自ら治癒できる可能性を広げることを。もしかしたら、生物学的にもこの新型コロナウイルスと人類は新たな進化のステージを迎えているのかもしれません。

人間の本質に立ち返る

こうした世界的危機に、いったいどのようなサムシング・グレートの思し召しがあるのか私には分かりません。ただ、私なりに思うことはあります。それは未知の感染症の伝播という万が一の事態は、国や民族を超えた人類全体の“大節”であり、地球規模の協力体制が整わなければ対応できないということです。

第一に国際的な協力体制を構築することです。情報の収集と分析、その成果を各国へ提供することはもちろん、医療資源を必要なところに届けること、ワクチン生産設備の整備、抗ウイルス薬の開発と流通ルートの確保などです。

これを実現するには、グローバルな連携が不可欠となります。だから、地球規模で互いに助け合うことこそ、サムシング・グレートが人類に促していることかもしれません。

20世紀最大の知識人といわれ現在も活躍する仏経済学者のジャック・アタリ氏は今回の危機を受け、改めて利他主義への転換を広く呼び掛けています。彼は

「深刻な危機に直面したいまこそ『他者のために生きる』という人間の本質に立ち返らねばならない。協力は競争よりも価値があり、人類は一つであることを理解すべきだ。利他主義という理想への転換こそが人類サバイバルのカギである」

といいます。そして、この危機は新しい世界がつくられていく変革のチャンスであるというのです。まことに私もそのように感じています。

いま私たちにできること

「ピンチはチャンスだ」と何十年も言い続けてきましたが、人類が進化するためにこのピンチは最大のチャンスであると思います。それは何よりも一人ひとりの意識を変えることによって可能になると強く信じています。

かつてアタリ氏はその著書の中で、混乱した世の中に「トランスヒューマン」というべき人類全体のことを考えられる超エリートが出てくることを期待していました。

しかし、いま私は一人のスーパーマンが出てきて世界を救ってくれることに期待していません。そうではなくて、人類一人ひとりの意識が変わり、それが大きなうねりのようになった時に、世界が変わるのではないかと思うのです。

では、私たちの意識をどのように変えればいいのでしょうか。アタリ氏は、共感や利他主義が人類を救うカギになると言います。

「利他主義は合理的利己主義にほかなりません。自らが感染の脅威にさらされないためには他人の感染を確実に防ぐ必要があります。利他的であることは、ひいては自分の利益となるのです。また、他の国々が感染していないことも自国の利益になります」

と述べています。

アタリ氏は利他主義とは最も合理的で自己中心的な行動であるというのです。かつてダライ・ラマ法王も、

「他の人を思いやるということが自分の幸せをももたらすと理解して自分のことをケアしていくというのが、賢い者の利己主義」

だと言いました。

ダライ・ラマ14世(右)と村上和雄先生

現在は各国政府が自国への対応に手いっぱいの感があります。しかし、国家やイデオロギーを超えてすべての国が協力し合うことができれば、必ずこの危機を乗り越えられるのは間違いないのです。

そして私は、人類は必ず互いに助け合う道を選ぶと信じています。だが、人類が新型コロナウイルス禍を何とか克服したとしても、いままでの私たちのあり方を180度変えない限りこれで終わりということにはならない、と思えるのです。再び未知なる脅威が人類にメッセージを届けてくるでしょう。

いま私たちにできることは、まずは自分自身の免疫力を上げることです。そのためにも心配や恐怖という感情に支配されてしまわないことが大切です。ネガティブな感情は私たちの免疫力を著しく損ないます。これは科学的な証拠があります。そして周りの人々と励まし合い一番困っている人たちを支援することです。

情けは人のためならず、という言葉があります。人を助けて我が身助かる、という意味です。この世の生きとし生けるものは、命の連鎖という守護のもとに生かされています。そのひと繋がりの輪の中に人間もいるのです。

いま人類はかつてない変革の時にあるといえます。この時代に命を得て生かされている私たちは幸いであることを忘れないようにしたいと思うのです。


(本記事は月刊『致知』2020年7月号 連載「生命科学研究者からのメッセージ」〔第25回〕より一部を抜粋・編集したものです)

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【著者紹介】
◇村上和雄(むらかみ・かずお)
昭和11年奈良県生まれ。38年京都大学大学院博士課程修了。53年筑波大学教授。平成8年日本学士院賞受賞。11年より現職。23年瑞宝中綬章受章。著書にスイッチ・オンの生き方』『人を幸せにする魂と遺伝子の法則』『君のやる気スイッチをONにする遺伝子の話』『〈DVD〉スイッチ・オンの生き方』『〈CD〉遺伝子オンの生き方(いずれも致知出版社)など多数。令和3年4月逝去。

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