齋藤孝が語る、渋沢栄一の「先見性」

一生のうちに、実に470もの企業設立にかかわった大実業家・渋沢栄一。その数もさることながら、渋沢の先見性によって日本の近代化が大きく前進させた業界があるのをご存じでしょうか? 一つはあるセメント会社、もう一つは製紙会社。この二つの会社と日本の近代化を結びつけた渋沢の慧眼に、齋藤孝先生(明治大学教授)が注目しています。

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特筆すべき二つの業績

〈齋藤〉
私が特筆すべきだと思うのは、渋沢が何社ものセメント会社と、製紙会社の設立に関わっていることです。

当時の日本は木造建築ばかりでしたが、近代国家になるために渋沢が必要だと考えたのは、頑丈な建物をつくることでした。建物は木でできているものという概念が通底していた明治期日本において、渋沢は時代の先を読み、それならばまずセメント会社が必要だと思い至り、その後もいくつものセメント会社を設立していくのです。

そして、もう一つの重要な業績が、製紙会社の設立です。江戸時代までは和紙に筆で書くことで間に合っていました。しかし明治に入ると、いくつもの会社が起こり、学校制度も定まり、大量の紙が必要となってきました。

これからはもっと多くの紙が必要になってくるだろう。それならば洋紙を輸入するのではなく国内でつくってしまおうと、王子製紙の前身となる製紙会社を設立するのです。

その当時、もっと儲かるものは何かと考えれば、他にも相応しい業態はあったかもしれません。しかし渋沢が第一に考えたのは、国をつくるためにいま必要なものは何か、ということでした。

それにしても仮にいま私たちが

「近代国家に必要なものは何か」

と問われて、

「セメントと紙」

だと答えられる人が一体どれだけいるでしょうか。渋沢は製紙会社を設立する時に

「国家社会の為に此の事業を起こす」

という言葉を残しています。まさにその信条に徹した渋沢は、470もの会社の設立に関与しながら財閥をつくることなど眼中にありませんでした。

『論語』が自信に繋がっていた

渋沢には『論語』がありました。

官職を退官する時、「お前は金儲けをしたいのだろう」と言われました。その時に渋沢は

「『論語』で経済をやってみせる」

と宣言したのです。『論語』にはいかに経済活動をするかといったことが書いてある訳ではありません。そこで渋沢は考えました。

「これからは経済こそが礎である。そのためには柱がなくてはいけない。政治をしている人たちは自分たちが一流で、経済は二流三流のことだと思うかもしれない。しかしそれは間違っている。私利私欲に走り、単なる金儲けだとする見方こそ了見が狭いのだ。人として生きるべき道を説いた『論語』の精神で自分は経済をしてみせる」

私はこの言葉ほど、日本のその後の方向性を指し示した指はないように感じます。

様々な事業に関わってきた渋沢は、フランクリンが「十三徳」で自らを検証したように、『論語』の精神と照らし合わせ、厳しく内省をしたことでしょう。『論語』が柱にあることで、自分は人として正しい道を歩んでいるという自信が生まれ、誰に臆することもなく堂々と生き、堂々と事業を進められたのです。


(本記事は月刊『致知』2016年3月号 特集「願いに生きる」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇齋藤孝(さいとう・たかし)
昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『子どもと声に出して読みたい「実語教」』『親子で読もう「実語教」』『子どもと声に出して読みたい「童子教」』など多数。最新刊に『日本人の闘い方~日本最古の兵書「闘戦経」に学ぶ勝ち戦の原理原則~』(いずれも致知出版社)など多数。

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