夢は思い続ければ必ず実現する。演出家・宮本亜門の20代

世界を舞台に活躍し続ける演出家の宮本亜門さん。宮本さんが監督、脚本、企画を務め、能登半島地震と豪雨で被災した石川県能登地方を舞台にした短編映画「生きがい IKIGAI」が7月11日に公開され、話題を集めています。10代の頃に抱いた「演出家になる」という夢を決して諦めることなく、歩みと挑戦を続け、実現させてきた宮本さんが語る、悩みの連続だったという20代、そして若者への熱いメッセージとは。(本記事は月刊『致知』2021年6月号 連載「二十代をどう生きるか」より一部抜粋・編集したものです)

各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。
1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら※動機詳細は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください

絶対に夢を捨てない

〈宮本〉
前略) ロンドンでダンスレッスンを受け、演劇を勉強してはいるものの、ただの観光客と同じで、まだ何も成していないではないか──。まずは自分で作品をつくらなければ駄目だ。そう考えてすぐに帰国し、企画書を持って営業に回りました。

ところがほとんど門前払い、企画が日の目を見ることはありませんでした。舞台に出演したり、振り付けの仕事をして何とか生計を立て、気がつけば28歳の後半に突入していました。

「僕にはやっぱり無理なんだ。大体、日本人は永遠に劇団四季と宝塚が一番好きなんだ。僕の出る場なんかないんだよ!」

そう仲のよかった女性に電話で愚痴をこぼした時のこと。彼女は語気を強めて言うのです。

「あなたはなんて生意気になったの。何も世に出していないのだから分からないじゃない。何かを見せないで、誰があなたを評価するの?」。

売り言葉に買い言葉で、「分かったよ! 何かつくればいいんだろ、つくれば!」、そう声を荒げて電話を切ったのを覚えています。

この悔しさをバネに自分でゼロから行動しようと発心し、悩む間もないほど無心で台本をつくり上げました。誰かを頼りにするのではなく自らキャスティングや構成を手掛け、一つの作品を完成させたのです。

それが僕の演出家としてのデビュー作『アイ・ガット・マーマン』です。1987年4月、29歳の時でした。

『アイ・ガット・マーマン』はブロードウェイの女王、エセル・マーマン(1908~1984年)の激動の人生を描いたミュージカルです。彼女はナイトクラブの一出演者から大スターに昇り詰めましたが、私生活では子供の死や離婚、誹謗中傷など様々な苦難が押し寄せます。

ミュージカルの舞台ではその人のすべてが演技に表れるため、生半可な覚悟で人を感動させることはできません。そんな世界で己の身を削りながらすべてを曝け出し、人を楽しませることに人生を懸けたマーマン。その生涯を通じて、「何があっても、もうひと踏ん張りする」という気概や「生きる素晴らしさ」を伝えたい。その願いを込めてつくり上げました。

主人公に重ねた母の生き方

〈宮本〉
実は、マーマンの姿には亡き母の生き方を重ねています。

母は何度も死の宣告を受けながらも、体調が回復する度に経営していた喫茶店で最後まで笑顔で働き、人生を全うしました。母に限らず、皆それぞれ人知れず辛い過去や痛みを持っているものです。それに屈せず、逆境を糧として生きる大切さを届けようと苦心しました。

製作にあたっては、稽古場の代わりに安価な区民センターの一室を借りていたため、毎日集合時間前に行って、部屋にある机や椅子を片づけ皆を迎えるところからのスタート。資金繰りからチラシ配りまで、僕がすべてを担いました。

そうして迎えた初演は築地にある150名規模の小さな劇場でした。3日間の日程で、初日は半分ほどしか席が埋まらなかったものの、噂が噂を呼んで2日目は満席、そして3日目には何と立ち見客が出たではありませんか。閉幕後はあっという間に再演が決まり、翌年には文化庁芸術祭賞を受賞。一躍、注目の的となったのです。

僕は演出家として有名になりたかったわけではありません。人間不信になった過去を持ちながらも、いまこうして生きている奇跡、人生の素晴らしさを一人でも多くの人に届けたい。その一心で無我夢中に走り続けてきました。

29歳でようやく夢を叶えることができましたが、途中弱気にもなりましたし、ぶれそうになったこともありました。

しかし、絶対に夢を捨てなかった。僕が唯一したことはそれだけです。夢は自分の思い描いたタイミングでは来ないかもしれません。それでも、思い続ければ必ず実現する、そう身を以て学びました。


◇宮本亜門(みやもと・あもん)
昭和33年東京都生まれ。6229歳の時に『アイ・ガット・マーマン』で演出家デビューを果たし、現在はミュージカル、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎など、ジャンルを越える演出家として国内外で幅広い作品を手掛ける。平成16年には演出家として東洋人初のニューヨークのオン・ブロードウェイにて『太平洋序曲』を上演、同作はトニー賞4部門でノミネート。令和2年、コロナ禍で立ち上げた「上を向いてプロジェクト」が注目を集める他、同年10月には演出を手掛けたミュージカル『生きる』を再演。著書に『上を向いて生きる』(幻冬舎)など多数。

各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。

1年間(全12冊)

定価14,400円

11,500

(税込/送料無料)

1冊あたり
約958円

(税込/送料無料)

人間力・仕事力を高める
記事をメルマガで受け取る

その他のメルマガご案内はこちら

『致知』には毎号、あなたの人間力を高める記事が掲載されています。
まだお読みでない方は、こちらからお申し込みください。

※お気軽に1年購読 11,500円(1冊あたり958円/税・送料込み)
※おトクな3年購読 31,000円(1冊あたり861円/税・送料込み)

人間学の月刊誌 致知とは

人気ランキング

  1. 【WEB chichi限定記事】

    【取材手記】ふるさと納税受入額で5度の日本一! 宮崎県都城市市長・池田宜永が語った「組織を発展させる秘訣」

  2. 人生

    大谷翔平、菊池雄星を育てた花巻東高校・佐々木洋監督が語った「何をやってもツイてる人、空回りする人の4つの差」

  3. 【WEB chichi限定記事】

    【編集長取材手記】不思議と運命が好転する「一流の人が実践しているちょっとした心の習慣」——増田明美×浅見帆帆子

  4. 【WEB chichi限定記事】

    【取材手記】持って生まれた運命を変えるには!? 稀代の観相家・水野南北が説く〝陰徳〟のすすめ

  5. 子育て・教育

    赤ちゃんは母親を選んで生まれてくる ——「胎内記憶」が私たちに示すもの

  6. 仕事

    リアル“下町ロケット”! 植松電機社長・植松 努の宇宙への挑戦

  7. 注目の一冊

    なぜ若者たちは笑顔で飛び立っていったのか——ある特攻隊員の最期の言葉

  8. 人生

    卵を投げつけられた王貞治が放った驚きのひと言——福岡ソフトバンクホークス監督・小久保裕紀が振り返る

  9. 【WEB chichi限定記事】

    【取材手記】勝利の秘訣は日常にあり——世界チャンピオンが苦節を経て掴んだ勝負哲学〈登坂絵莉〉

  10. 仕事

    「勝負の神は細部に宿る」日本サッカー界を牽引してきた岡田武史監督の勝負哲学

人間力・仕事力を高める
記事をメルマガで受け取る

その他のメルマガご案内はこちら

閉じる