【3分で読める感動実話】母が教えてくれた「魔法の香水」——谷川 洋

アジア数か国で300校以上の設立に携わり、現地の人々に感動と笑顔の輪を広げている谷川 洋さん。60歳を機にサラリーマン生活にピリオドを打ち、現地の住民や日本の子供たちを巻きこんで旺盛な活動を続けてきました。その活動の原点には、幼い頃に諭されたお母さんからの教えがあったといいます。

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三つの試練に導かれて

――谷川さんはもともと商社に勤められていたそうですが、どういういきさつで現在の活動を始められたのですか?

〈谷川〉 
振り返ると3つの試練が私を導いてくれたなと思います。第一の試練は1948年、私が満5歳の時に起こった福井大地震です。 

家から2キロほど離れた場所が震源で、小さな町の家屋の大半が潰れました。私はすぐ上の兄と家にいたのですが、逃げる間もなく下敷きになりました。慌てて戻ってきた父が鍬で屋根瓦を叩き割って助け出してくれたのです。

中学生になった時、私は兄と約束をしました。「俺たちは神様に助けてもらった。だから世の中のためになる人間になろう。これはおまえと俺の約束だ」と。

また、当時は日本中が貧しくて、地震の後も食うや食わずの生活が続きました。ある日、家に物乞いのお婆さんが来ました。すると母はお櫃に残っていたご飯をおにぎりにして、お婆さんに渡してしまいました。私は文句を言いました。「お母ちゃん。僕もお腹が空いているのになんでよその人にあげちゃうんだ」と。母は答えました。

「思いやりっていうのは魔法の香水なのよ。優しい純な気持ちで人にかけようとすれば、知らんうちに自分にもかかっちゃうのよ」

その時は意味が分かりませんでしたが、この仕事を始めて母の言葉を噛み締めています。

2つ目の試練は大学受験の失敗です。私は弟たちの面倒を見ながら勉強をし、高校へは片道14キロの道を雨の日も風の日も自転車で通っていました。決して甘えた生活をしていたわけではないのに受験に失敗してしまった。私は母に「神様は不公平だよね」と愚痴をこぼしました。その時に母が言った言葉が胸に刺さりました。

「違うよ。神様はあなたにもう一歩深い人間になれっていうチャンスをくれたんだよ

頬を叩かれたような気持ちになりました。思い上がっていた私に神様が母の口を通じて「しっかりした人間になりなさい」と教えてくれだのだと思いました。

結局、一浪して東京大学経済学部に入りました。私は商社に就職し、27歳の時に結婚をしました。猛烈商社マンとして仕事に打ち込み、仕事も家庭も順調でしたが、そのうちモヤモヤした思いが胸に膨らんできました。

――なぜですか?

〈谷川〉 
医学部に進んだ兄は医者になって人のために役立っているのに、自分は人のためになれていないじゃないかと感じたのです。

そんな時、3つ目の試練が訪れました。妻が乳がんに罹ったのです。彼女は病気になりながらも3人の息子の教育に情熱を傾け、全員を東大に合格させました。しかし乳がんの手術から4年半後、肺に転移したがんによって亡くなりました。まだ52歳の若さでした。

妻を失った絶望の中で決意しました。それは60になったら世のため人のためになる新しい人生を歩もうということでした。私は55歳でしたが、60になる頃には子供たちも独立しています。だから、今度は自分が妻の情熱を引き継いで、兄との約束を果たそう、そのために自分の天命を探そうと決意したのです。

三層構造のプロジェクト

〈谷川〉 
60歳になった時、日本財団の海外部長をやっていたかつての部下から「多くのNGОからアジアの途上国に学校を建設したいという申請が来るのだが、学校をつくるだけではなくて新しい理念で維持運営まで手掛けられるような人材はいないだろうか」と相談を受けました。その時、私の中に稲妻が走りました。

「これだっ。これこそが天命だ」

心中の興奮を隠し、さり気なく、ぜひ自分にやらせてほしいと立候補したのです。

――天命と出会った。

〈谷川〉 
はい。私はまず現場を知ろうと思い、5か月かけてアジア五か国を歩きました。現地のNGОとも話をしました。その中で自分なりに感じたのは、学校建設に付加価値をつける必要があるということでした。学校建設はお金さえあればできますが、つくっただけでは長続きしない。だから私は村人参加型にしようと思ったんです。なおかつそこに国際交流という要素を付け加えたいと考えました。

その結果生まれたのが、学校建設、住民参加、国際交流という三層構造のプロジェクトです。

 ――具体的に教えてください。

〈谷川〉 
一番大事なのは村人との話し合いです。話し合いの場には母親にも参加してもらうようにしました。家内を見ていて子供の教育は母親のほうが真剣に考えていると分かっていたからです。

村人集会で私は3つの要素が必要だと話しました。1つはパッション。子供を社会に通じる人間にしたいというパッションがあるかどうか。次に必要なのはアクション。学校をつくるためにあなたたちは何をやるのか、ということです。すると、校舎をつくるために木を切ろう、川で砂利を採ってこよう、整地は自分たちでやろう、と皆が口々に言いました。

みんなのやる気を確認した私は「よし、それなら日本からドネーション(寄付)を引っ張ってこよう」と約束しました。

――最初の学校ができた時は嬉しかったでしょうね。

〈谷川〉 
みんなで喜び合いました。みんなでつくった学校ですからね。先にお話ししたパチュドンではAEFAの奨学金で卒業生が教育短大で学び、先生になり、自分たちの村の学校の先生になっています。彼らは村人にとって自慢です。おらが村の学校の先生を自分たちで育てたというわけです。そこまで見守り育てることができたというのは我われにとっても誇りですね。

――現地の人の心を掴む秘訣はあるのですか?

〈谷川〉 
「時を味方にする」ということですね。彼らの主体性が発揮されるまではあれこれ言わない。時が満ちれば必ず彼ら自身が燃えてきます。それはこの13年間でしみじみ感じたことです。こちらの理屈でやろうとすると例外なく失敗します。大切なのは相手にいかに花を持たせるか。我われは黒子に徹する。それが成功の絶対条件ですね。


(本記事は月刊『致知』2018年3月号特集「天 我が材を生ずる 必ず用あり」より一部抜粋・編集したものです)

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◇谷川 洋(たにかわ・ひろし)
昭和18年福井県生まれ。東京大学卒業。43年丸紅入社。平成16年退社。同年アジア教育友好協会(AEFA)設立、理事長を務める。アジアの山岳少数民族のための小・中学校の建設、日本の小・中学生との交流プロジェクトを進めるなど、継続的な支援・運営に当たっている。著書に『奔走老人』(ポプラ社)。ベトナム文部省から「教育功労賞」。

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