この「宇宙ねじ」に支えられ、はやぶさ2は今日も進む——ある町工場の逆転物語

世界全体が沈滞した空気に包まれる中、昨年12月、「はやぶさ2」の6年越しの帰還が列島を大いに沸かせました。カプセル分離から数か月が経ったいまも、同機は宇宙空間を進み続けています。そんな大成功を支えたのが、機内に搭載された特殊ねじを製作する(株)キットセイコー(埼玉県羽生市)。二十数名の社員で、日本の宇宙事業を支え続けてきた町工場ですが、3代目社長の田邉弘栄さんに聞くと、約20年前の入社当時、会社には存続の危機が迫っていたそうです。

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カプセル帰還に思うこと

〈田邉〉
昨年12月6日、小惑星リュウグウの砂などを採取した探査機「はやぶさ2」のカプセルが地球に帰還し、大きな話題となりました。機体に搭載されたおよそ100種類、500本のねじを設計・製造した私共としては純粋に嬉しく、ホッとしたというのが感想です。

打ち上げから6年、50億キロに及ぶミッションは、99%成功すると信じてはいたものの、最後の最後まで不安は拭えませんでした。それだけに、カプセル内に砂が多く入っていた、生命誕生の起源に迫れると続報を聴く度、よい事業に関われたなという実感が強くなり、今後の研究に夢を膨らませています。

当社は1940年、群馬県に接する埼玉県羽生市で祖父が創業した田辺製作所を前身としています。その頃は時代の要請もあり、家電類に加え無線や軍用機の精密ねじを製造しながら、腕のよい職人を多く育てていました。

大企業の「誘い」を断って

宇宙事業に初めて携わったのは1970年、約50年前です。日本初の人工衛星「おおすみ」の開発にあたり、宇宙開発事業団(NASDA/現JAXA)から、当社と取り引きのあった日本電気(NEC)を通じて話がありました。なぜ一介の町工場に白羽の矢が立ったか。それは祖父が定めた経営方針が大きいでしょう。

その当時、技術力を見込まれソニーや日立、松下電器といった名門から「うちの量産工場になってほしい」と打診されていました。ところが祖父はそれを辞します。手間が掛かる少量注文でも、製作を根気よく支えてくれる、「面倒見のよい会社」と多く仕事をしたほうが生き残れるとの判断でした。

結果、徐々に量産から少量多品種へと体制を移し、前例がなく特殊な〝宇宙ねじ〟の受注に至ったのです。

とはいえ、宇宙では何が起こるか分かりません。材質や強度等々課題が多く、加工が大変だったと聞いています。当社の職人と先方の担当者が連携して試行錯誤し、チタン合金製「六角穴つきボルト」などの原型となる宇宙事業用ねじの規格が完成。以来二十数人の従業員で約80基の人工衛星に納品してきました。

気楽に構えていたものの……

↑埼玉県羽生市にある(株)キットセイコー本社 撮影=編集部


私はと言えば、そうした家業の歴史を知りながら、大学卒業後は気ままに語学留学を考えていました。しかしいざ卒業し、留学費を稼ぐため家業にアルバイトに入った時、愕然としました。職人の大半が50代後半で、定年が間近に迫っていたのです。後を継ぐ若い職人は皆無でした。

このままでは3年もすれば職人がいなくなる。技術が消えれば、うちはきっと潰れてしまう──そう直感した私は即刻留学を撤回し、他の機械メーカーで2年間修業。自社に戻って1年目は全部署を回り、経験を積みました。2000年、25歳の時です。

ねじ製造はまさに職人仕事で、先輩の勘を定式化するだけでひと苦労でしたが、私一人が技術を覚えても埒が明きません。2代目社長の父が社内の整備を任せてくれたため、平社員ながら若い人の採用にも率先して取り組みました。

「自分にはもう時間がない」

この頃の私は、その一念で働いていたように思います。ただ、何人か優秀な後輩を採用し、基礎を教え込んでも、2~3年すると皆様々な理由で辞めてしまいました。

職人として一人前になるには、会社で多くの経験を積んでもらう必要があり、普通は10年、20年と掛かります。そこで、できる限り無駄なく、ベテランの技量を若手に承継するために考え出したのが、「マイスター制度」でした。

定年を迎えた職人が退職すれば、その人の数十年分の蓄積が失われます。また、嘱託に待遇を落とせば本人のやる気はもちろん、教わる若手に尊敬の念が生まれません。それがどうしても嫌だった私は、主に当社で定年した職人を、すべて本人の希望通りの時間で働く〝マイスター〟(名人)として迎えたのです。定年後も安心して働ける会社にし、現役の職人に長くいてもらう目的もありました。

若手がぶつかる問題は大抵先輩が昔経験しており、それを共有しない手はありません。あえてマイスターが出社しない日を設け、若手の自立を促した結果、活発に教えを請い、また教えてあげるという長期的な承継の形ができました。

これを踏まえ、当社は他社のような機械化はあえてせず、工程の約3分の2を職人の手が通るようにしています。このため微妙な加工が要る、他社の嫌がる仕事を受注でき、職人技、人が活きてくるのです。加工が難しい原子力プラントや鉄道路線、F1カーの特殊ねじを製造できる所以です。「はやぶさ2」を、平均30代の社員一丸で成功できたのは嬉しいことでした。

社内の土台が固まり、37歳で社長を譲り受けて10年。実を言うと、入社した頃は先輩職人の納期やコストに対する意識がとても甘く、若さ故にいくら改善を求めても総スカンでした。

油まみれの工場の床も悩みの種でしたが、ある時から先輩が帰った後で独り拭き掃除を始めると、徐々に手伝ってくれる先輩が現れ、3年後には床から油が消えました。まず自分でやり始めた時から、会社が変わっていったように思います。

宇宙事業では、以前と同じ衛星をつくることはなく、常にチャレンジが求められます。職人仕事にはまだ暗いイメージがありますが、自社の取り組みを通じ、人が活き活きする、明るいものづくりを実現したい。それが私の願いです。


(本記事は『致知』2021年4月号 連載「致知随想」より一部を抜粋・編集したものです)

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【登場者紹介】
田邉弘栄(たなべ・こうえい)=キットセイコー社長

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