「島耕作」シリーズ作者・弘兼憲史さんが語る、夢を追うための5つのキーワード

サラリーマン漫画の金字塔「島耕作」シリーズ。連載40年を超える人気漫画はいかにして生まれたか――「人生一度は大勝負を」と語る作者・弘兼憲史さんに、松下電器勤務時代のエピソードを振り返りつつ、若い世代へのメッセージをお話しいただきました。

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25歳で固めた一大決心

私のライフワークである「島耕作シリーズ」はもうすぐ38年目を迎えます。この漫画は私が新卒で入社した松下電器(現・パナソニック)での3年間の勤務経験が基になって生まれたもので、日本経済や企業内部をリアルに描いているのが特徴です。主人公の島耕作が勤める初芝電器産業の広告宣伝部は私が働いていた販売助成部がモデルですし、初芝電器の会長は松下幸之助さんのお顔に少し似せて描かせていただきました。

そもそも、漫画家に憧れていた私が松下電器に入社したのには理由があります。いまほど漫画家という職業が確立されていなかった時代、中学生になると現実を知り、漫画家の夢を一度諦めました。そして絵を描く特技を生かした仕事に就こうと考え、宣伝や広告関連の職を志望し、〝宣伝の御三家〟と呼ばれていたサントリー、資生堂、松下電器の中で、最も早く採用通知をいただけた松下電器に入社したのでした。

その頃、松下幸之助さんは会長から相談役になられるタイミングで、平社員の私は当然直接お話しできる身分ではなかったものの、本社勤務だったことが幸いし、廊下で何度かすれ違う機会に恵まれました。松下電器では朝会で「松下電器の遵奉すべき精神」を唱和します。正直なところ、入社当時は説教くさいと感じていたものの、3年間毎朝唱和し、仕事の中で実践していく過程で、その教えの本質を実感できたことは、得難い経験でした。中でも、

「利益は求めるものではなく、社会奉仕をした報酬が結果として利益になる」

この考え方は漫画家に転向して以降も大切にしているモットーです。漫画を描く際、「世の中ではこういう漫画が受けるから」といった考えは一切なく、純粋に自分が届けたいメッセージを込めて漫画を描く。それが評価されれば自分にも利益が入るのだと考え作品をつくり続けています。

絵の特技を生かして広告の仕事に携わるうち、漫画家という幼い頃からの夢が沸々とわき上がっていきました。しかし、時は高度経済成長期。毎夜遅くまで残業するのが当たり前で、その頃住んでいた社員寮は4人部屋だったため、深夜に漫画を描く時間を捻出するのは困難でした。

このままでは時機を逸してしまう。その焦燥感から、まだ一作品も描いたことがなかったにも拘らず、また松下電器は業界の中で最も給料が高かったにも拘らず、辞表を出し漫画家として生きる決意を固めたのです。1973年、25歳の時でした。

松下電器で働くことを心から喜んでくれていた田舎の両親には、後ろめたさから退職後1週間してようやく報告ができたほどでした。

人生、一度は大勝負を

私が20代を送る若者にぜひとも伝えたいのが、「挑戦・自己責任・自立」3つのキーワードです。私も3年間のサラリーマン経験で実感していることですが、30代になると中間管理職になり、失敗した時の責任が増えていきます。ですから、20代のうちにポジティブにものを考え、果敢に〝挑戦〟してほしいのです。

その時に忘れてはいけないのが〝自己責任〟です。これは私が一番好きな言葉です。人生を無駄にしてしまう人に多いのが「こうなったのは親のせいだ」「社会が悪い」「会社が俺をクビにした」と、常に責任を誰かに転嫁する言葉。たとえ叱られた内容に正当な理由がなかったとしても、「そう思われたのも自分が至らなかったからだ」と矢印を自分に向ける。私自身がそう心掛けて生きてきました。

そして3つ目が〝自立〟です。自己責任とも通ずることで、自分の力で立つ力、人に頼らないということは大切です。漫画を描くためには当然アシスタントに任せる仕事もあるわけですが、最終的にはすべてを一人でやるという覚悟がないと、成功は見込めません。

「挑戦・自己責任・自立」、この3つに加えて大切なのが、心の持ちようです。ゴルフを例に言えば、バンカー越えのアプローチをする際に「失敗したら絶対バンカーに入る」と思ってショットを打つと、必ずバンカーに入ります。ポジティブに綺麗に球が飛ぶイメージで打つとスパッと決まるものです。

そして最後に「夢に期限を設ける重要性」も付け加えたいと思います。私が漫画家になろうと決意を固めたのは25歳の時で、「30歳までの5年間に自分の作品が一回も印刷物にならなかったら、漫画家の道を諦めよう」と腹を括っていました。夢を持つのは大切ですが、実現不可能なことにチャレンジし続けても人生を棒に振るだけです。つま先立ちをしたら手が届くような目標を設定して挑戦し、ダメだったら潔く諦める勇気も大事でしょう。

人生、常に安全運転をしていれば、失敗はしないかもしれませんが、大きく成長することもあり得ません。どこかで一度、大勝負に出ること。私の場合はそれが25歳の時の決断でした。現代は平和な時代で飢え死にする心配がないからこそ、多くの若者に挑戦していただき、夢を掴み取ってほしいと心から願っています。


(本記事は月刊『致知』2021年3月号特集「名作に心を洗う」の記事から一部抜粋・編集したものです)

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◇弘兼憲史(ひろかね・けんし)
1947年山口県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年『人間交差点』で小学館漫画賞、91年『課長 島耕作』で講談社漫画賞を受賞。『黄昏流星群』では、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第32回日本漫画家協会賞大賞を受賞。2007年紫綬褒章を受章。19年「島耕作シリーズ」で講談社漫画賞特別賞を受賞。中高年の生き方に関する著書多数。

 

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