田中将大投手の母校・駒大苫小牧高を強くした〝非常識〟 な監督

大リーグ・ニューヨークヤンキースを離れ、「古巣」楽天ゴールデンイーグルスへ復帰した田中将大投手。東京五輪でも侍ジャパンを引っ張り、強敵米国を破って悲願の金メダルを獲得しました。遡ること15年――駒大苫小牧高のエースだった田中投手が2006年、夏の甲子園の早稲田実業戦で見せた投げ合いは、球史に残る名勝負となっています。かつては地区大会の緒戦で敗退する弱小だったという同校を率い、強豪へと育て上げたのが、元野球部監督で、現在は西部ガス硬式野球部監督を務める香田誉士史さんです。大躍進の裏にはどのような努力があったのか。自らを「非常識」という香田さんの軌跡――。

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空回りした新人監督

白河の関を優勝旗は越えない。

そんな定説に支配されていた高校野球の指導者として、私が北海道の駒澤大学附属苫小牧高等学校に赴任したのは平成7年、24歳の時でした。

佐賀県出身の私が、縁もゆかりもない北海道の高校に赴いたのは、母校・駒澤大学野球部の恩師・太田誠監督の勧めによるものでした。当時の駒大苫小牧の野球部は地区大会の1、2回戦で敗退する弱小チーム。私はこのチームを甲子園に連れて行き、いずれ日本一にという目標を掲げて臨みました。

しかし、私の赴任前に監督不在の時期が続いていたこともあり、部員たちは当初不信感を募らせ、なかなか心を開いてくれませんでした。若さゆえにがむしゃらにチームを引っ張ろうとする私のやり方も空回りをし、一時は練習をボイコットされる事態にも至りました。

各地に赴き、有望な中学生を勧誘して回っても、弱いチームに選手はやれない、と全く相手にしてもらえません。

「畜生!」「ふざけんな!」

帰りの車の中では、悔しさのあまりそんな叫び声が何度も何度も口から迸り出ました。いつか必ず、駒大苫小牧で、この香田のもとで野球をやりたい、とたくさんの子供たちから言われる野球部にしてみせる。そう心に誓い、私は部員たちに自分のすべての情熱、愛情を注ぎ込んだのでした。

相手は北海道の冬

そんな私たちに大きな壁となって立ちはだかったのが、北海道の冬でした。授業が終わり、「さあ練習だ!」と外へ繰り出すと、既に辺りは薄暗く、寒く、グラウンドは雪で覆われており、部員の士気は否応なく下がるのです。この地域的なハンディにより、北海道のチームは本州のチームには勝てないという思い込みが浸透していました。

しかし、甲子園出場、そして日本一という目標を実現するためには、なんとしてもこの冬を克服しなければなりません。

強いチームをつくるためには、ピッチングやバッティングなどの個々の技術ばかりでなく、様々なせめぎ合いの中で、守備時には相手にホームを踏ませないための、攻撃時には一つでも多くのホームを踏むための様々な連携力を磨いていかなければなりません。冬場に野球から遠ざかっていては、大会本番までにとても間に合わないのです。

そこで私は、ブルドーザーを調達してきてグラウンドの雪を取り除き、冬場はまともに練習できないという常識に挑戦したのです。

当初、吹雪いている日に「外で練習をやるぞ!」と言うと部員たちも怖じ気づいていましたが、続けるうちにそれが当たり前になり、内心これは寒いだろうなと思う日でも「きょうはどうだ?」と聞くと、「大丈夫です!」と元気な声が返ってくるようになりました。人間、本気になればなんでもできるものです。

厳しい冬と懸命に闘ってきただけに、雪解けを迎える喜びは格別でした。気候に恵まれた地域の野球部には絶対に負けない。それが私たちの合言葉でした。

「非常識」が創った未来

そうした常識破りの努力を重ねてきた結果、7年目の平成13年に念願の甲子園出場を果たし、16年に初優勝。その後、現在プロ野球で活躍中の田中将大を擁して、17年には57年ぶり6校目の2連覇。その翌年、史上2校目となる3連覇こそ逃したものの決勝まで進出し、引き分け再試合という熱戦の末、準優勝を成し遂げました。

思い出に残る試合はたくさんありますが、中でも忘れられないのが15年、2度目の甲子園出場を果たして最初に臨んだ試合でした。8対0とリードを広げ、甲子園での初勝利を確信していたところが雨でノーゲームとなり、翌日の再試合に5対2で敗れてしまったのです。

悔しさを噛み締めて帰郷するや、全国から山のように激励のお便りが届き、甲子園という舞台の注目の高さを実感しました。おかげで日本一への思いは一層強固になり、翌年、遂にそれを実現することができたのです。

北海道という未知の場所での得がたい体験を通じて、野球は個人の能力以上に組織力が重要であることを実感しています。

それは動かす側と動く側がどれだけ分かり合えるかということ。選手と監督だけでなく、スタッフや選手の父母、そして部を取り巻く地域をも巻き込み、一つの方向に向かっていくことだと思います。

その責任の重さを痛感していた私は、

「姿即心、心即姿」

を座右の銘とされていた恩師・太田監督に倣い、常に己の表情や立ち居振る舞いに気を配り、皆がついていきたくなるようなエネルギッシュな指導者であり続ける努力を続けました。

4,000校以上が参加する高校野球の頂点に立てるのはたった1校。リーダーの信念に寸分たりとも迷いがあれば、勝利はこぼれ落ちてしまうと思います。

私はチームが弱小の頃から、北海道で初の優勝旗を手にするのは駒大苫小牧であり、その時の監督は自分だと強くイメージし、周囲にも言い続けてきました。そしてそれを実現できたのは、私が常識の枠に収まらない非常識な監督であったからかもしれません。

いまは社会人野球という新しいフィールドに立っていますが、北海道での自分を超えるべく、ここでも日々直面する常識の壁に挑戦し続けています。

〈こうだ・よしふみ=西部ガス硬式野球部コーチ、駒澤大学附属苫小牧高等学校野球部元監督〉


(本記事は『致知』2013年12月号 連載「致知随想」より一部を抜粋したものです)

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