8000メートル峰14座登頂・竹内洋岳が語る、「登り切る」ために必要なもの

世界で8000メートルを超える高峰の数は、全部で14座。日本人として初めてそのすべてに登頂する快挙を成し遂げたのが「プロ登山家」の竹内洋岳氏です。過酷な自然とどう向き合ってきたのか。死の危険に身を晒しながらも、なぜ山へ向かい続けるのか。世界屈指のクライマー・竹内氏のお話しから、新たな年に向けての清冽な勇気をいただきます。

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一座、一座登り続けていまがある

〈竹内〉
2012年5月、私はネパール北部の8,167メートル峰、ダウラギリに登頂しました。

2006年にプロ登山家宣言をして6年、1995年にマカルー(8,463メートル)で初めて登頂を果たして17年。私は世界に14座ある8000メートル峰のすべての頂に立つことができたのです。

このことはマスコミでも随分取り上げていただき、「竹内洋岳14座登頂」「14座達成」といった言葉が各所で飛び交いました。そのおかげで多くの方々に登山というスポーツに注目していただけたことを、私はとてもありがたく思っています。

しかしながら、同時に私の中には少なからぬ戸惑いもありました。というのは、私が登ったのは「14座」という山ではなく、あくまでも「ダウラギリ」という山であったということ。「8000メートル」という名前の山を14登ったわけではなく、地球上にたった一つしかない山を、一座、また一座とひたすら登り続けていまがある、という思いがあるからです。

もちろん148000メートル峰を登ったことで私の登山活動が終わったわけではありません。今後もこれまで繰り返してきたのと同じように、登りたい山を見出しては一座、一座と登り続けていくだけです。世界にはまだたくさんの魅力的な山があるのです。

プロ宣言をした真意

〈竹内〉
2006
年、私はプロ宣言をしました。記者会見を開き、8000メートル峰14座をすべて登り切ることを宣言したのです。

発表前に思ったことは、その発表をする自分はいったい何者かということでした。

それまでの私は、一人の登山愛好家としてただ自分の登りたい山に登り続けてきました。しかしそういう宣言をする以上は、単なる愛好家では済まなくなりました。

14座完登というのは、それまで数多くの先輩登山家たちが命懸けで挑戦してきた目標でした。実際、山田昇さん、名塚秀二さんをはじめとする先輩登山家たちが、九座まで登頂を果たした後、命を落とされています。その志を継いで登るからには、いつか登れると思いますとか、やはり無理でしたというわけにはどうしてもいかない。やると宣言して、最後は這ってでも登らなければならないと私は考えたのです。

記者会見に向け、そうした思いを綴っていた時、「登山家」という肩書に私は違和感を覚えました。

世の中には評論家、芸術家など、「家」のつく職業がたくさんあります。その共通点をあらためて考えて気づいたことは、「家」のつく職業の多くは資格が要らず、自分で名乗るだけでなれるということでした。それは逆に、いつでも勝手に辞められるということでもあります。それは自分の思いとは全く釣り合いませんでした。

私は14座必ず登り切るということ、山の世界で生きていくという覚悟を込めて、「プロ登山家」と名乗ることにしたのです。

プロとはいったい何か。いろいろな考え方があると思います。私が考えるプロとは、覚悟があるか否かだと思います。

プロ宣言は私にとって、14座を最後まで辞めずに登り切ってみせるという覚悟を定めるために必要でした。辞めないでやり通す覚悟があるのがプロ。やると宣言し、それを確実にやり抜いてこそプロだと思うのです。

登山というのは他のスポーツと異なり、ルールもなく審判もいません。世間から隔絶した場所で行われることを幸いに、自分に都合のいいことばかり公開してしまいがちな面もあります。しかし、これが仮に格闘技の試合であれば、勝つ試合ばかりでなく、自分がボコボコに負かされる試合も観客に見せなければなりません。

同様に登山も、結果だけでなくその過程も見せる必要があります。自分の都合の悪いことも包み隠さず公開することは、登山をスポーツとして認めてもらうためには必要なことだと思うのです。

ゆえに私は、ダウラギリの登山では、GPSを使用して自分の居場所をリアルタイムでインターネット上に公開しました。これは単純に頂上に行って帰ってくる過程を見せるだけでなく、万一途中で命を落とせば、その様子も伝わります。そこまで見せる覚悟があるのがプロであり、今後登山がスポーツとして発展していくかどうかの分かれ道になると私は考えるのです。

いかに想像できるか

〈竹内〉
14
座完登というのは、もちろん簡単に達成できる目標ではありません。山というのは登る喜びもある一方、一つ間違えれば命を落とす危険も内包しています。

では、その危険に対する恐怖心をいかに克服すべきか。実は、恐怖心というのは克服したり打ち消したりしてはダメなのです。恐怖心があるがゆえに、それを利用して危険を察知し、危険を避けて進んでいくのです。

私の中では、危険な体験を重ねる度に恐怖心が積み重なっています。しかし恐怖心が増すということは、危険に対するより高感度なセンサーを手に入れるようなもので、決して悪いことではないと思っています。これから起こりうる危険を、いかにリアルに想像できるか。その感覚をどんどん研ぎ澄ましていけたらいいと思っています。

もちろん、登山で相手にするのは大自然という、人間のコントロールを超える存在です。いくら自分が登ろうと意気込んでも、天候に恵まれるなど自然の了解を得られなければ登ることはできません。

私たちにできることは、自然の了解が得られた時にすぐアクションを起こせるよう十分な準備をしておくことです。

登山の準備で大切なことも、やはり想像力です。それは頂上に到達できるという想像ばかりでなく、到達できずに引き返すという想像であり、時には死んでしまうかもしれないという想像です。そして死んでしまうかもしれないという想像ができるなら、どうすれば死なずに済むかという想像をする。死なないためにいかに多方面に、多段階に、緻密に想像できるかということを、私たちは山の中で競い合っているのです。(後略)


(本記事は『致知』2013年6月号 特集「一灯照隅」より一部抜粋したものです)

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◇竹内洋岳(たけうち・ひろたか)
昭和46年東京都生まれ。祖父の影響で幼少より登山とスキーに親しむ。高校、大学の山岳部で登山経験を積み、20歳で初めてヒマラヤの8000メートル峰での登山を経験。平成7年マカルー(8463メートル)登頂を皮切りに高所登山を続け、24年ダウラギリ(8167メートル)の登頂で世界に14座ある8000メートル峰を完登した。ICI石井スポーツ所属。プロ登山家。立正大学客員教授。

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