世界初・江戸切子を盤面に使った時計はこうして生まれた(独立時計師・牧原大造)

「独立時計師」とは、ブランドやメーカーに所属せず、個人で製作を行う時計職人、中でも国際的組織・AHCIの一員として認められた職人のこと。牧原大造さんは、盤面装飾に世界で初めて江戸切子を採用したオリジナリティの高い作品が評価を受け、今年12月に発表された新作『花鳥風月』も話題を呼んでいます。牧原さんが歩んできた時計づくりの道のりと、作品に込める思いをお話しいただきました。

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料理人から時計職人の道へ

《牧原》
私が日本人では3人目となるAHCI準会員に選ばれたのは2019年の春。直接のきっかけは、スイスで開催されるバーゼルワールド(世界最大級の時計見本市)に出品したオリジナルモデル『菊繋ぎ紋 桜』が各国のメディアを通じて高く評価されたことでした。

しかし、いま振り返って思うのは、この狭き門に私を導いてくれたのは自分一人の力ではなく、人との出逢いと縁であったということです。

幼い頃から工作などものづくりが好きだった私は、自然と将来は時計師か料理人になりたいと考えていました。しかし時計師になろうにも当時はその手立てが分からず、高校卒業に際して、半ば消去法で料理人の道を選んだのです。それでも時計への情熱は冷めることはなく、給料を貯めてはオメガやロレックスの機械式時計を買い集めました。

そんな中、時計師の専門コースがあると人伝に知り、思い切ってヒコ・みづのジュエリーカレッジの門を潜ったのは2007年、27歳のことです。ただ、当時は時計製作の道に進むことは考えていませんでした。時計の修理と製作とは別の分野であり、私は学校の通常カリキュラムで学ぶ修理の道へそのまま進むつもりでいたからです。

そんな私の考えを一変させたのが、世界的に高名な独立時計師であるフィリップ・デュフォーさんとの出逢いです。

この出逢いは奇跡のようなものでした。入学2年目のある日、学校にやってきたテレビ番組の取材で「尊敬する時計師」という質問にデュフォーさんのお名前を出したところ、番組の企画で会いに行けることになったのです。

スイスに到着すると彼の工房で2日間、朝から晩まで直々に時計作りを教えてもらいました。特に印象深かったのが部品を磨く作業です。現代では時計の部品のほとんどはオートメーションで大量生産されています。ところが、デュフォーさんの工房では一つの部品を金属の塊から削り出し、何十時間もかけて一つひとつヤスリで磨き上げていくのです。そうして作られた時計には、人々の心を掴み魅了する美しさとロマンがありました。

私は彼の仕事に「本当の時計作りって、こうなんだ」と大変感銘を受け、帰国後、製作を学ぶためにもう1年学校に残る決断をしました。

もちろん、1年という短い期間で製作技術のすべてを学ぶことはできません。1年間かけて作った初めての時計には精度の面で課題が残りました。卒業後もすぐに独立できる筈もなく、民間企業で時計修理の仕事をする傍ら、注文に応じて年に数本の製作に取り組むなど、4年ほどは休日のない日々が続きました。

大切なのは、人間としての誠実さ

《牧原》
この独立のための修業期間、準備期間に、次第に構想が固まっていったのが冒頭にも述べた私の代表作『菊繋ぎ紋 桜』です。名前の通り、盤面に菊の花の繋ぎ紋、裏面には桜の彫金を施した時計で、盤面装飾には世界で初めて江戸切子を採用しています。

盤面の製作にあたっては、手掛けてくれる職人さんを探す段階から壁にぶつかりました。0.5ミリという極薄いガラス板を割ることなく、フリーハンドで細かい模様を刻むには非常に高度な技が要求されます。私は若い職人さんの展示会や工房に何度も足を運び、自分の思いを伝えることで、ようやく協力してくださる若い女性の職人さんと巡り合うことができました。

その他にも、ロゴ入りの革ベルトや18金の時計ケースなど、自分一人の技術では実現し得ないことがたくさんありました。この時計の製作を経て、私は心を一つにして協力してくださる人のありがたさを身に沁みて実感させられました。一本の時計を作り上げるには、何人もの職人さんや業者さんを巻き込む力が必要であり、時計の出来はいかに一つの思いを共有できるかに懸かっているのです。そしてそのために大切なのは、やはり技術よりも人間としての誠実さではないでしょうか。

「誠実で嘘のない仕事をすればきちんと人はついてくる」

これは私がデュフォーさんから教えていただいた言葉です。一つの部品を磨き上げるという、何日間、何十工程も掛かる作業。その一瞬一瞬に嘘はないかと問われた時、自信を持って「ない」と答えられる誠実な仕事をしていなければ、職人さんやお客様の信頼は得られませんし、一つの思いを共有することもできないと思うのです。

『菊繋ぎ紋 桜』の裏面には、桜の花の彫金を鏤めるように施しています。私の時計を購入してくださった方だけが見て楽しむことのできる桜。そのように、製作した時計を通じて、一人でも多く方の人生が幸せで豊かなものになっていただければ、それに勝る喜びはありません。

いまの私の夢は「オールジャパン」の時計を作ることです。日本の技術力・美・伝統を結集し、世界や次世代へ発信するようなオールジャパンの時計――それは一つのパーツ、一人の人と誠実に向き合う心から生まれると信じ、これからも時計作りの道を歩み続けていきたいと思います。

(本記事は『致知』2020年10月号連載「致知随想」より一部抜粋・編集したものです)


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◇牧原大造(まきはら・だいぞう)=独立時計師

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